光のもとでⅡ
「何を考えてる?」
 翠は慌てた様子で、今度はものすごく困った人の顔になる。
「昨日のことがまだ引っかかってる、とか……?」
 もしそうなら、そうだと正直に言ってほしい。
 けれど、翠は慌てて否定の言葉を口にした。
「違うっ。違うよっ!? 全然関係ないこと考えてたっ」
「全然関係ないことって……?」
 翠はものすごく言いづらそうに口を開く。
「……あのね、日曜日に紅葉を見に行こうって約束をしたでしょう? それ、土曜日に変更してもらってもいい?」
「別にかまわないけど……なんでそんなに言いづらそうなの?」
 むしろ、そこまで言いづらそうにしている理由が知りたい。
 あんな深刻そうな顔をしていたのにこの話題って、少しおかしくないか?
「去年はキャンセルしちゃったし、今年は約束していた日を変更するし、なんだか申し訳なくて……」
「後ろめたさ」が「言いづらさ」の正体であることは理解したけど、
「去年はともかく、日にちをずらすくらいで怒ったりしないんだけど……」
「ごめんなさい……」
「だから、謝らなくていいし……」
 俺はそこまで狭量な男だと思われているのだろうか。それとも、翠の良心の呵責が甚だしいのか――。
 できれば後者だと思いたい。
「でも、なんで?」
 理由を尋ねると、
「あ……実は、昨日帰宅したらピアノの先生から連絡があって、今週の土日に倉敷芸大の学園祭があることを知ったの。それで、その学園祭のコンサートチケットがあるから行きませんか、ってお誘いいただいて……」
「……それ、ひとりで行くの?」
「ううん。先生と柊ちゃんも一緒」
「ヒイラギって?」
「佐野くんの従姉。支倉高校の二年生で、倉敷芸大の声楽科を受験する予定なの」
「ふーん……」
 努めてなんでもないふうを装っているけれど、俺はものすごく後悔していた。
 昨日泣かせてしまったことへの詫びも含め、日曜は芸大の学園祭に連れて行こうと思っていた。
 今日の帰りにでも話して喜ばせようと思っていたのに、まったく予測していなかった方向から翠を掻っ攫われた気分……。
 でも、デート自体がなくなったわけではないし、結果的に翠は芸大の学園祭へ行く。
 一緒に行く相手が音楽に精通しているならそのほうが楽しいだろう。
 つまるところ、翠にとってはいい環境が揃ったと言えなくもなく――。
 後手に回った自分に言い訳をしていると、翠の視線が張り付いていることに気づく。
「交通手段はバスと電車?」
「そのつもりだけど……」
「なら、俺に送迎させて」
 俺はそんなにも驚かれるようなことを言っただろうか。
 翠は言葉を失い口をポカンと開けている。
「紫苑祭明け、立て続けに外出予定を入れるんだろ? 行き帰りくらい体力温存に努めたら?」
「それなら家族に頼むっ」
 必死な形相で言われて思う。
 翠は微塵も考えないのだろう。どうして俺が送迎を申し出たのかなんて。
「体力温存」なんてもっともらしいことを口にしたけど本当は――。
「……俺が翠に会いたいだけなんだけど」
「……え?」
 訊き返すな阿呆……。
「藤山の紅葉は、ゆっくり見て回っても二時間。あとは家でゆっくり休め。次の日も会えるならそれでかまわない」
「…………」
「返事」
「……ありが、とう……」
「どういたしまして」
 文末に疑問符がつかなかったことだけは褒めてやる。
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