光のもとでⅡ
 フロアへ下りると人垣が割れ、俺たちは導かれるようにフロア中央へ向かう。
 たどり着いた場所は直径十メートルほどの円になっていて、ふたり向き合うと、翠は姫らしく優雅に微笑み軽く膝を折って礼をした。
 何がなんでも踊りきる。そんな気迫はきれいに隠し、「姫」を演じる演者のように思えなくもない。
 けれども、ダンスが始まり目が合った瞬間には心臓を鷲づかみにされそうな笑顔を見せられた。
 作られた笑みではない。花綻ぶような、「嬉しい」という気持ちがにじみ出るような笑み。
 それは心底ダンスを楽しんでいる表情にも思えた。
 怪我は大丈夫なのか……?
 その不安だけが拭いきれない。
 でも、今それを訊いたら怒られるような気もして問うに問えない。
 曲の中盤で翠が目を伏せた。
 つらそうな表情をしているわけではないが、
「何を考えてる?」
 大丈夫か問う代わりに今日何度目かの言葉をかけると、
「……楽しいな、って。それだけ」
 翠はにこりと笑って簡潔に答えた。
「そう。ならいい」 
 たぶん、嘘はついていない。
 翠が楽しいと言うなら、その言葉を信じよう。
 邪気のない翠の笑顔を見ていたら、自然と自分の顔も緩んでいた。

 ファーストワルツが終わればすぐに陽気な曲が流れ出す。
 俺たちは人を掻き分け半月ステージへ移動した。
 その際にも翠は足をかばう素振りを一切見せない。
 本当に大丈夫なんだろうな……。
 今すぐにでもステージ裏へ連れ込みたい。その思いを抑え、後夜祭の雰囲気を楽しんでいる翠をステージに座らせた。
「新鮮、かも……」
「何が?」
 半身後ろを振り返ると、翠が俺の頭を見下ろしていた。
「普段、ツカサのことを見下ろすことなんてないでしょう? だから、新鮮」
「そんなこともないだろ? 翠がお茶を淹れて部屋へ戻ってくると、翠が立ってて俺が座ってるって状況だと思うけど?」
「そう言われてみれば……。でも、そういうときはたいていトレイを持っているから、『お茶を零さないように』のほうに神経が使われている気がする」
 それはそれで納得。
 翠の足が腕に触れ、ふと思う。
 今なら容易に翠の足を見ることが可能だと……。
 ただ、注目されていないとはいえ、人が大勢いる場でドレスをめくるのはいかがなものか。
 じっとドレスの裾を注視していると、「やっほー」と軽快な口調の青木がやってきた。
「先輩は踊られないんですか?」
 翠が尋ねたのは青木が制服姿だったからだろう。青木は辟易とした顔で、
「こういうのは性分じゃないのよね。まだ紅葉祭の仮装パーティーのほうが楽しめるわ」
 言ってすぐ、青木は表情を改めた。
「さっきの話、先生方に伝えてきたわ」
 おおよその処分が確定したといったところか……。
 青木は俺に目配せをしてから翠に向き直る。
「姫のことだから、ペナルティを与えた時点でもういいと思ってるかもしれない。でも、学校的にはそうはいかないの。姫が怪我を負った時点で停学処分が確定」
 翠はきつく口を引き結んだものの、顔を上げていられずに俯いた。
< 1,099 / 1,333 >

この作品をシェア

pagetop