光のもとでⅡ

Side 翠葉 08話

 どうやら、今日は声楽の先生を柊ちゃんに紹介する予定がもともとあったそうで、その間に私と倉敷くんを引き合わせようとしていたのだとか……。
 話すことが苦手な先生が一生懸命段取りを考えているところを想像すると、なんだか少しおかしかった。
「それにしてもおまえ――」
「それっ」
「は?」
「名前っ」
「御園生翠葉だろ?」
「じゃなくてっ、『おまえ』はいやっ。それから、フルネームで呼ばれるのもちょっと……」
「お、おう……」
 そんなやり取りを、先生がお腹を抱えて笑う。
「御園生さんの意外なこだわりが判明……。それに、慧くんが圧されるなんて」
 そんな先生を横目に見つつも、倉敷くんはかまわず話を続ける。
 会ってまだ十分ちょっとだけど、かなりマイペースで思ったことはズバズバ言う人であることだけはわかった気がする。
 思ったことが顔にも口にも態度にも出るので、いっそ清々しいほどだ。
「翠葉、あのコンクールのあとはどうしてたんだよ……」
「どうしてって、何が……ですか?」
「ピアノっ! それ以外にないだろっ?」
 ないんだ……。
 なんとなくわかったことがもうひとつ。
 倉敷くんにとってはピアノがすべてなのかもしれない。
 生活の中心にピアノがあって、人生からピアノがなくなることなどあり得ない、と言い切れてしまうほどの存在なのかも。
 やっぱり、音大に通う人は皆がそうなのだろうか。
 だとしたら、私はそこに入ろうとしていいのかな……。
 そんなことを考えながら、過去を振り返る。
「川崎先生のところをやめてからは、割と好きに弾かせてくれる先生のもとで習っていました。最初にコンクールには出たくないって話したのでコンクールの話は一切出なかったし、ひたすらに好きな曲をマスターするためだけに練習してきた感じで……」
 どんなふうに教本を進めてきたのか倉敷くんに尋ねられ、一つひとつ答えていくと大仰に首を傾げられた。
「基本に忠実に進んできてるのにどうしてあんなに劣化してんだよ。おまえ、間違いなく小五のころのほうがうまかったぞ」
 それはたぶん――
「さっき、病欠で留年したって話したでしょう?」
「あ? あぁ……」
「あのとき、入院していたからほとんどピアノに触れていないの。三月に入院して十月に退院してからは、高校受験のための勉強を始めたから、やっぱりピアノを弾く時間はとれなくて……」
「そのあとは?」
「そのあとは……高校の勉強についていくのに必死で、毎日ピアノを弾くことはできなくて……」
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