光のもとでⅡ
 翠は楽しそうに話を続ける。
 人に待たされていた時間すら楽しかったらしく、表情を綻ばせ笑ったまま。
「先生から電話がかかってきたのだけど、柊ちゃん、テンション高いまま応答しちゃって、挙句先生に通話切られちゃって」
 その状況がよほどおかしかったのか、クスクス笑うそれが止まらない。
「その女子、佐野の従姉なんだろ? そんなにうるさいの?」
 佐野自身に「うるさい」という印象を抱いたことはないが、血が繋がっているからといって、その従姉にも同じことが言えるわけではないのだろう。むしろ、自分と秋兄の印象が同じだったら死ぬほど嫌だ。
「うるさいというよりは、ものすごく元気で賑やかな子、かな? うちの学校で言うなら飛鳥ちゃんみたいな子だけど、もっと元気でぴょんぴょん跳ねてるイメージ。あと、よく歌ってる」
 立花みたいでもっと元気でぴょんぴょん……。
 少し考えただけで関わりたくないと思う。
 そのうえよく歌ってるって何……。
 俺は、「へぇ」と答えるのがせいぜい。
 そんな俺を察したのか、翠は違う話題を振ってきた。
「ピアノの先生のお話、したことあったっけ?」
「いや、とくに聞いたことはない」
「仙波先生っておっしゃるのだけど、本職はピアニストなの。それと、今日知ったのだけど、ご実家があの仙波楽器で、ご自分でもピアノの調律ができるんだって」
「……男?」
「うん。秋斗さんと同い年」
「ふーん……」
 たかがピアノの講師だし、それ以上でもそれ以下でもないのになんだか面白くないのはどうしてか……。
 ……さっき再確認したけど、翠が自分以外の男と関わっているところを見るのは面白くない。
 こういう感情も俺しか感じないものなのだろうか。翠は――翠は、俺がほかの女と話していても何も感じないのだろうか。
 そんな俺の疑問は宙に浮いたまま、翠はにこにこと笑ったままに話を続けている。いつにないほど饒舌に。
「私、全然気づかなかったのだけど、先生とは私が三歳のころにお会いしたことがあったの」
「は……?」
「三歳のころ、城井アンティークの催事にベーゼンドルファーがレイアウトされたことがあって、そのピアノの演奏に来ていたのが先生と先生のお姉さんだったの。演奏が終わってから、先生とお姉さんが私と蒼兄にピアノの手ほどきをしてくれたのだけど、私、ピアノに触れたのはそのときが初めてで、それがきっかけでピアノを習い始めたから、先生がそのときのお兄さんって知ってびっくりしちゃった。先生も、私の名前を音楽教室で見たときにびっくりしたみたい。普段受験生は受け持たない契約らしいのだけど、『縁かな』って受け持つことにしてくれたらしくて……。でもね、第一には私の奏でる音が好きだから受け持とうと思ってくれたみたいで、それがとっても嬉しくてね。音が好きなんて初めて言われたから、本当に本当に嬉しくてね」
 心底嬉しそうに話す翠を前に、やっぱり面白くなかった。
 俺だって翠のピアノは好きだし、翠の奏でる音なら延々と聴いていられる。
 ……思うだけじゃ伝わらないと学んだけど、「好き」という言葉が含まれる想いを口にするのは難しい。
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