光のもとでⅡ
「ツカサ……お話、つまらない?」
「いや、そういうわけじゃない」
 そういうわけじゃなければどういうわけなのか。
 でも、言うに言えない……。
「続けて」
「うん……。コンサートが終わるまでは柊ちゃんと先生と三人でいたのだけど、コンサートが終わってから発熱していることがわかって、先生のご好意で構内にある仙波楽器出張所の応接室で休ませてもらうことになったの」
 翠の話で思い出す。
 ロータリーに車を停めたとき、秋兄が翠の額に手を伸ばしていたことを。
「今熱は?」
「あ……」
 翠は俺と反対側に置いてあったバッグから携帯を取り出す。
 早くバイタルが知りたくて携帯を取り上げると、ディスプレイには微熱を示す数字が並んでいた。
「三十七度五分……。体調は?」
 顔色がひどく悪いということはない。ただ、昨日一昨日に引き続き、今日もいつもと比べると手があたたかい。
「少しだるいかな? でも、大丈夫。ちょっと疲れただけだと思う」
 唯さんに夕飯を食べてくる許可をもらったとはいえ、今日は早めに帰したほうがいいだろう。
 腕時計に視線を落とせば六時三十八分。
 七時に出れば、途中で渋滞にはまったとしても、八時までには帰宅できるか。
「七時になったら出よう」
 翠は俺の腕時計を見たまま、
「あと二十分……」
 とても残念そうに口にした。まるで名残惜しいとでも言うかのように。
 そんな様を見せてもらえることが嬉しくて、思わず抱きしめそうになる。
 でも、そんなことをしたら離れがたくなるのが目に見えていて、自分を律するに留めた。
「ここに居られるのは二十分だけど、藤倉へ戻るのに二十分から三十分はかかる。あと一時間は一緒にいられる」
 現実を伝えると、翠は「そうだね」と寂しそうに笑みを浮かべた。
 一緒にいたい気持ちは同じなのに、感情を伝えるタイミングをまた逃した。
 思っていることを伝えるのは、存外難しいものだな。
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