光のもとでⅡ
 九時になるとピアノのレッスンが終わり、コンシェルジュが飲み物を持ってやってきた。
 翠にはカモミールティー。俺たちにはコーヒー。仙波さんには紅茶。
 うちのコンシェルジュのことだ。先日のうちに飲み物の好みを聞いてのことなのだろう。
「仙波センセ、優しそうなのに結構厳しいんですね?」
 唯さんがフレンドリーに話しかける。と、
「そうですね……厳しいというよりは、時間がない、といった感じでしょうか?」
「そうなんですか?」
「えぇ。音大へ行く子は、割と早くから準備をしている子が多いんです。それこそ、御園生さんのようにピアノから離れている時期がある子は少ないですね。ですので、今は受験に間に合わせるのに必死、といったところです」
 仙波さんは苦笑を添えて答えた。
「間に合うんですか……?」
 御園生さんが心配そうに尋ねると、
「安易にはお答えできませんが、御園生さんはがんばり屋さんですからね。大丈夫だと思います」
 その言葉に御園生さんは表情を和らげた。
 その後も雑談が続き、休憩時間が終わるころになると、御園生さんたちが席を立った。
「見学させていただきありがとうございました。自分たちはここで失礼します」
「リィ、がんばってね」
「うん」
「司も、遅くならないうちに帰れよ」
 秋兄の言葉に頷くことで同意する。と、仙波さんが俺を見て不思議そうな顔をしていた。
 つまり、俺は出て行かないのか、といったところだろうか。
 俺は気づかないふりをして本を読み始めた。

 レッスンの間はレッスンに関する会話しか交わされずにレッスン終了時刻を迎えた。
「それでは、今日はここまでで」
「今日もありがとうございました」
「来週も同じ時間で大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
 帰り支度を始めた仙波さんとは逆に、高校の教材を出し始めた俺たちを見て、
「あれ? ふたりは帰らないんですか?」
「はい。ピアノのあとは毎日学校の勉強を見てもらってるんです」
「本当に勉強熱心なんですね。成績についてはご両親が厳しいんですか?」
「いえ、両親は何も言いません。強いて言うなら、一番厳しいのはツカサだと思います」
「え?」
「私、生徒会役員なのですが、うちの生徒会にはちょっと変わったルールがありまして、テストで二十位以下になると生徒会を辞めなくちゃいけないんです。だから、テストは毎回必死です」
 翠がクスクス笑いながら話すと、仙波さんは苦笑いをしながら、
「で、御園生さんは現在何位くらい?」
「一位と二位を順繰りにとってる感じで……」
「えっ!?」
「え……?」
「藤宮ですよ!? 藤宮で一位二位ってすごいことでしょう?」
 翠は「あぁ」といった様子で、
「でも、ツカサは万年一位で失点したことが一度もないし、蒼兄も万年一位だったし……私よりすごい人はたくさんいます。私はもっとがんばらなくちゃ」
 翠がにこりと笑うと仙波さんはどこか呆れた様子で、
「勉強もピアノもほどほどにがんばってください」
 と口を閉じた。
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