音楽が聴こえる
ただ、一ヶ所だけ拘りの部屋がある。

特別に作らせた防音設備が整っている部屋だ。

その部屋には悟のギターコレクションが並んでいた。彼の数少ない欲の部分であるギター。


そして、そこにはあたしのピアノも。


正確には母の形見だ。

父が母に贈った唯一のプレゼント。

このピアノを弾く母は、悲しそうで幸せそうで、思い出しても胸が熱くなる。

ポロンと指先を置けば、馴染むように指が滑る。

元気者だった母が交通事故に巻き込まれ他界した時、あたしはまだ、12歳。

うちは母子家庭みたいだった。

スタジオミュージシャンだった父は、ほとんど家に寄り付かず、母はピアノ教室の先生をしていた。

子供心に父は酷い男だと、ずっと思っていた。

たまに帰ってきては、すぐに居なくなる。

今なら誰かのツアーに同行してたとか、レコーディングで缶詰状態だったとか、理由があったと理解出来るんだけど。

あたしの中では、自分の夢のために家族を忘れる男でしかなくて。

父が母の枕元で号泣しているのを見た時、泣くくらいなら傍にいてやれば良かったのにと、罵った。

小学生のあたしに罵られて、また泣いた父の涙が、未だに忘れられない。
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