理想の都世知歩さんは、




兄ちゃんは取り敢えず行っておいでと私を見送った。



夏の終わり。


お祭りに行くのには少しだけ遅くて、歩いている内に夜空に、

花の咲く音が響いて。


もう何度目か分からない無意識の「あいたい」を思った。






神社について、兄ちゃんの言っていた焼き鳥を買う。


焼き鳥屋の前は行列と、煙が凄くて、何度か咳き込んだ。


目に染みて、泪が出そうになった。



履いたピーチサンダルに砂利が入る。


人混みに揉まれて爪先を踏まれてしまう。



私は、足元ばかり目にしていた。

探したかったけど何となく、探したらいけないような気がした。




『衵』




遠くで、いつかの声がしたような気がした。




振り返らずに神社を出る。



そっか。



いつか実家に帰りたいと思った時、そう私を呼んでくれたのは都世地歩さんだったんだ。



もっと早く、それから恋心に気付いていたら。


都世地歩さんにも片想いの相手がいることを知る前に気付いていたら、私は想いを告げることができただろうか。

それでだめになってしまっても、今前を向いて、歩くことができたんじゃないかな。



そう思う、けど。

自分の気持ちに気付く前に、都世地歩さんの片想いを知ってしまった私はつくづく残念だと思う、けど。


好きだと想う気持ちは、切なくても苦しくても哀しくても。

温かくていとおしい気持ち。






――――…「衵」





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