理想の都世知歩さんは、
菜々美には一度も触れず、会社を出た。
理由は、何だろう。
二度目にあたる冷たい風に気が付いたのは、エントランスを出て、背にも会社が見えなくなった頃だった。
冷たい風に気が付いて、奥歯を噛む。
寒かったから。
それから、もう真っ暗な夜空に目を向ける。
目の奥が冷えていくような感覚があった。
オフィスを出るとき手に取ったスマホを出す。
悴む指。
眩しい画面。
白かった筈の息の色は、暗闇の黒に負けてしまって見えなくなった。
手の先と、足の先は冷たい。
もう、理由もみえない。けど、これでよかった。
袿の家の傍まで向かった。
あと一つ角を曲がればアパートが見えるというところまで来て、俺は立ち止まる。
その角の影に隠れて、肩を竦めて、瞑る瞼に強く力を込めるような衵の――姿が。
みえたから。