翼のない天狗
氷魚は去った。いや、戻ったと言うべきか。
《美しい女じゃな》
「……」
女に目の無い、しかも一度おそおうとした女が姿を見せたというのに、深山は腑に落ちないという顔でいる。
《どうした》
「何か、悔しい」
《というと》
「俺が清青を解っていると思っていたのに」
カカカ、と黒鳴が笑った。清青という天狗が現れてからずっと、深山はついてまわっている。一番の仲だ、と自負していたし傍目にもそう見えていた。
《男と女というのはそんなものじゃろう》
「清青は氷魚殿を抱いたのか」
《そこまでは解らぬが》
「百六十八、か……」
再び黒鳴は笑う。
《お前には、瀬良の山女が丁度良い》
「何を……あんな不細工な……おい、待て、黒鳴! 言い逃げとは卑怯な」
望月に向かって二つの影が空を行く。京の都に、山々に、久方ぶりの静かな夜が訪れていた。