翼のない天狗
 やがて水王が目を覚ます。
 流澪はまだ何か言いたげだったが、氷魚に促された水王が、流澪に頭を下げた。
「抜け出してすまなかった。帳簿の続きを頼む」
 強張った流澪の表情が弛む。二人連れ立って去った。

 残されて、清青は氷魚の腕をとる。氷魚はやはり、目を合わせない。
「……そなたの心の奥底を覗きたいと思った。氷魚、これもそなたの力なのか。そなたの全てを知りたいと思う私の心」

 愛しいのだ。
 愛しいが故に、そなたの痛みを知りたいのだ。

「……願いが叶うなら」
 しばらくの沈黙のあと、氷魚が歌うように呟いた。
「魚になりたい。小さな小さな魚になりたい。小さな小さな魚になって、刹那を生きて、あるいは大魚に喰われてしまいたい」

 氷魚の息が浅くなる。胸が上下している。
「泳ぐことに懸命で、命を繋ぐことに懸命で、それだけのために生きる小さな小さな魚になりたい」

 掴まれた腕。氷魚はそこに目をやって、清青の手に指を絡ませた。
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