翼のない天狗


 氷魚はまず、清青の魂を抜いた。
 右手を清青の左胸の上にのせて、念じる。
 すると清青の時は止まり、氷魚の右手には清青の魂がある。透き通るその玉は、清青の瞳と同じ色。
「きれいな色……」
 氷魚はそれをくわえると、次に二つの傷口から矢を抜く。一つずつ腐食した肉塊を剥ぎ、手を当てる。たちまちに傷は塞がった。そうしているうちに、血液の混ざった水も拡散し、青い世界へ戻る。
 
 氷魚は傷口にそれぞれ手を当てたまま、意識のない清青に唇を重ねた。魂の玉を飲ませる。
 トクン、と清青の胸が動く。
 
 トクン トクン
 
 確かな命を刻む音が戻った。
 
 氷魚は、ほっと息を吐いた。
 命は救えた。こころが戻るかどうか。
 それは氷魚にはわからない。あとは清青しだいだ。

 流澪の姿はいつの間にか消えていた。

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