翼のない天狗

 しばらく経った。
 氷魚のヒレ、人間で言えば大腿のあたりに清青の頭がある。
 氷魚は清青の金色の髪を撫でる。日の光りは柔らかく差し込み、時折空気の泡が上っていった。

「ん……」
 ぴく、と清青の瞼が震え、ゆっくりと開いた。
「氷魚殿……」
 その瞳の色は、以前と同じ藤紫。
「まだ、動かれない方が」
 傷口は塞がっても、まだ体は痛むはず。
「……」


 息ができる。
 体も、こころも落ち着いている。

 高い処で何かが煌めいている。
 ああ、あれが水の中から見た日輪。なんとおぼろげな姿。日輪でさえはかなく、この世は無常だ。

「氷魚殿……」

「はい」

「ここは美しい世界だ……」



 清青が見上げた水面を、氷魚も見上げた。
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