私と彼の恋愛理論
私の困った表情を見て、彼は穏やかにまた話し始めた。

「仕事で営業してるとさ、うちの豆の味知らないのに、断られること多いんだ。ほら、喫茶店って、頑固親父が多いからさ。自分が今使ってる豆が一番だと信じて疑わない。」

頼りないと思っていた彼の目が、いつしか鋭い営業マンの目に変わる。

「だけど、俺しつこいんだ。これだけは自信ある。絶対に一杯飲んでもらうまでは諦めないよ。」

「自信があるのね。自分の会社の商品に。」

「もちろん。自信がないものは勧めないし。」

そう言いながら彼は頼もしく笑う。

「だからさ、里沙ちゃんも、試してみてよ。」

「え?」

「俺とお試しでいいから付き合って。年上がいいと思ってるかもしれないけどさ、試してみないと分からないよ。」

「随分と自信があるのね。」

「あるよ。里沙ちゃんに絶対後悔させない自信。」

そう笑う彼の顔を見て、それも悪くないかもしれないと思った。

思いこみや勘違いは、誰にでも起こり得ることで、それは時として、人の人生を大きく左右する事がある。

最初はほんの少しの糸の絡まりでも、やがて大きくなったそれは中々ほどけないものだ。

ならば、少しだけ勇気を持って確かめてみよう。

今まで信じてきたことが、私の勘違いなのか。

そして、この胸の高鳴りが真実なのか。



「本当にいいの?すぐに、やっぱりダメとか言うかもよ。」

確認はイコールOKのサインだ。

「いいよ。いくらでも味見して。」

「…何だかいやらしい言い方。」

「もちろん、いやらしい味見はもっと大歓迎。」

無邪気に笑う彼につられて、私も大声で笑った。

彼の睫毛が大きく上下に揺れていた。
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