私と彼の恋愛理論
「すみません。」

彼は、カウンターに座っている里沙ではなく明らかに私の方を見て声を掛けた。

仕事中に資料でも探しに来たのだろうか。

スーツをきっちり着こなし、まじめな顔でこちらを見つめていた。


「尚樹…」

何とか彼の名前を口にしたが、それ以上に言葉が出ずに、私は立ち尽くしていた。


「この本が見つからないんですが。」

彼は私にメモを差し出した。

メモには、建築関係の書籍とおぼしきタイトルが書いてあった。

「検索したら、確かにあるはずなんだけど。」

動かない私に、彼は再び言葉を投げかける。

里沙を見ると、手元で黙々と作業をしていた。

「私、今、手が放せないからよろしく。」

まるで、何も気づいてないかのように淡々と言われる。

長年の相棒に、相手が誰でもちゃんと仕事しなさいよ、と言われているようだった。

私は彼からメモを受け取って、手元のパソコンで蔵書検索をかける。

棚番と分類番号をメモして、カウンターを出た。

最近購入したばかりの本だった。


「こちらです。」

無理矢理笑顔を作った私を見て、尚樹が少しうろたえたのが分かった。

でも、 すぐに冷静な顔に戻って彼が口にした言葉は。




「急いでくれる?俺、結構忙しいんだけど?」


三年前、はじめて会った日と同じだった。
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