私と彼の恋愛理論
「俺のお陰だな。」

牧田は得意げに、笑った。
開店前のバックヤード。
準備の手を休めることもなければ、私たちは口もずっと動かしていた。

敬一郎と気持ちを確認し合った後、彼から色々と話を聞いたところによると。

どうやら、私の新恋人疑惑を解いてくれたのは、このお節介な先輩ソムリエだったらしい。

「バーでやたらワイン注文して、やけ酒してる客がいるっていうからさ。もしや、と思った訳よ。」

彼から事情を聞き、お節介にも、私に恋人がいないということ、ホテルを辞めるのは体力面の悩みからということ等々、すべて説明してくれたという。

「お前、素直じゃないからな。」

「…牧田さん、お節介ですね。」

今、本当は彼に感謝しているのだが、素直にお礼を口に出来ない自分がもどかしい。

「はいはい。どうせ、俺が勝手にやったことだよ。」

完全にへそを曲げられると困るので、あわてて声を掛ける。

「…今度、おいしいお酒でもご馳走しますから。」

私の精一杯の感謝の気持ちが届いたのか、彼はにっこりと笑う。

「んじゃあ、近いうち俺んちで酒盛りな。いい酒持って来いよ。久々にうちの嫁がお前と話したいってさ。」

「いいですね。私も久々に会いたいです。」

二人でお酒の話で盛り上がっていると、すっかりランチの開店時間を迎えていた。

「今日も働くか。」

「そうですね。」

気合いを入れながらエプロンの紐を締め直す。

「でも、本当によかったよ。俺も、妹みたいな大事な後輩を、体力の限界とか寂しい理由で送り出すの嫌だったから。」

「どんな理由なら満足なんですか…。」

「そりゃ、やっぱり寿退社だろ。」

「………。」

彼の発言に苦笑しつつ、まっすぐ見つめた先は、レストランのホール。
私は、まだしばらくここで頑張ると決めた。自然と、表情も引き締まる。

「お前はずっとその顔しとけ。」

「そんなこと言われなくても、ずっとこの顔です。急に美人になったりしませんよ。」

「いや、心から笑ってる顔。久しぶりに見たから。」

それだけ言うと、お節介な先輩ソムリエはホールへと歩き出す。




「そうですね。出来れば私もずっと笑っていたいです。」

彼の背中を追って、私も歩き出した。
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