世界でいちばん、大キライ。
「ありがとうございましたー」

椎葉の声にハッとして顔を上げる。
さっきまで窓際にあったはずの彼の姿がなくなっていて桃花は落胆した。肩を落とす自分自身にふと気付き、俯いた先にある泡の残るカップを見つめる。

(麻美(あのコ)にも、さっきの電話の相手にも。もやもやとして……これって、嫉妬だ)

ポン、と不意に手を置かれたあの感触を今でもリアルに思い出せる。
それだけで、桃花は異常なほど急速に心拍数があがる。

『たったあれだけのことで』。けれど、事実、桃花にとってはそんな簡単に済ませられるようなことではなくなっていた。

「桃花ちゃん。それ終わったらクローズ出してきてくれる?」
「え。あ、はい!」

邪念を払うように、目の前の仕事だけに集中しようと、カシャカシャと取り繕うように急に手の動きを速めたとき。

「桃花ちゃん、知り合いだったの?あのお客さん」
「えっ!いや、たまたま……少し、お話したくらいで」
「そうなんだ。男のおれから見てもイイ男だよね。ちょっと怖い感じもするけど。結婚とかしてるのかなぁ?」
「さぁ……どう、なんですかね……」

「さぁ」ととぼけたものの、桃花の心の中はまるで正反対。
本音は、〝知りたい〟。

〝麻美というコは実子なのか〟
〝結婚しているのなら、なぜ結婚指輪をしていないのか〟
〝バツイチのシングルファーザーだとしたら、どうして別れてしまったのか〟

コーヒーを啜る横顔はすごく大人で〝男〟なのに、不意に見せた少年のような笑みと優しい手。
それらを脳裏に浮かべると、ますます桃花の頭は曽我部一色に染まっていた。


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