読心女子≠恋愛上手<お悩み二乗はπ
第9話

『驚天動地』、『青天の霹靂』、『度肝を抜かれる』等、平たく言えば『びっくりする』ということに対する形容に日本語は事欠かない。ただし、自分の身を鑑みた場合『たで食う虫も好き好き』ということわざがしっくりくるような気がする。
「新城愛美さん! 僕と付き合ってください!」
 里菜の告白事件の高揚も収まる間も無い直後、下駄箱のすぐ前で突如言い渡された宣告に、
(自分、たでですけど何か?)
 と、瞬時に思いながら、話したことも見たこともない男子生徒を見つめる。クラスメイトでも無いし同学年でも見た記憶がない。その童顔で小柄な男子生徒は告白と同時にチョコらしき物体を差し出す。生まれて初めて受ける異性からの告白に動揺しないほど、愛美の心臓は毛むくじゃらでもない。
(私、今、告白されてるの? って言うか、ダレ?)
「っていうか、誰?」
 心の声がそのまま流出し一瞬しまったと思う。
「あ、すみません。一年一組の相楽孝太(さがらこうた)って言います」
「相楽君、間違ってたらごめんなさい。初めましてであってる?」
「ちゃんと話すのは今日が初めてです」
「初めて話す相手と付き合うとか、ナシだと思わない?」
「そうですね、じゃあお友達になって下さいが良かったですか?」
「うん、返す刀でそれもまたどうかと思う。私、相楽君のこと何も知らないしね」
「そう言われしまうと、打つ手無しな気がするんですが……」
「うん、確かに」
 孝太の返答に妙に納得しつつ、愛美は自分自身どうして良いか賢明に思考回路を巡り回る。
(どうしよう。初めての経験でなんて返答すればいいか分からない。っていうか、実は何かの罰ゲームとかじゃないよね?)
 ふと疑問に思い、愛美は孝太の思考を読む。
『愛美さん、ビックリしてる。初めて話す相手から告白されたら当然かな。それにしても綺麗だな。できることなら付き合いたいな~』
 孝太の真面目な思考に触れることで、悩みが二乗したと感じる。
(これガチじゃん。ガチ告白じゃん。ホントどうしよう。バカスケみたいな素っ気無い断り方をするのも可愛そうな気がするし。かと言って有耶無耶にするのはもっとダメだ。相楽君真面目そうだし、上手い断り方でできるだけ傷を浅くさせてあげたいんだけど……)
 考えあぐねた末、溜め息交じりで切り出す。
「ごめんなさい。私、好きな人いるから相楽君とは付き合えない。好意は素直に嬉しいし嫌いとかじゃないから」
「そう、ですか……、やっぱり先輩ほど綺麗で美人でしたらそういう人いますよね」
(なんだこの太鼓持ちっぷりは。褒められ慣れてないから普通にこそばゆいぞ……)
 照れから耳が熱くなっていくのを感じつつ、抱いていた疑問点を投げかける。
「参考までに聞きたいんだけど、相楽君は私をどこで知っていつから好意を持ってたの?」
 愛美の問いを聞き孝太は苦笑する。
「やっぱりお忘れですか」
「え?」
「二年前の夏休み、道で怪我をしたお婆ちゃんを背負って家まで送ってくれた事、覚えてませんか?」
「お婆ちゃん……」
「はい、あの時、玄関で応対したのが僕です。あの件以来、僕は新城先輩に一目惚れしたんです」
 愛美は言われて初めてそのことを思い出す。
(ああ、そう言えばそんなことあったな。でも、確かあれって……)
「ねえ相楽君、記憶薄で悪いんだけど、私と玄関で話したのが相楽君だったのよね?」
「はい、間違いなく。なので高校も先輩のいる北高を受けました」
(何気に重い発言きたなこれ……、でもちゃんと言わないとマズイ)
「ちなみにお婆様は何て言ってたか覚えてる?」
「怪我をした自分を背負って来てくれたって」
「うん、その通り。でもね、背負った人と玄関まで付き添った人は別々なのよ」
「えっ!?」
「炎天下の中、相楽君のお婆様を汗だくで背負って送り届けたのは、私の親友の楢崎知世。自宅近くのコンビニで力尽きて、手助けしてくれって私にレスキューが入ったの。だから、本当の意味でお婆様を助けたのは知世よ。私は自宅近くまで付き添ったに過ぎない」
 事の真相を聞いた孝太の顔を解かりやすいくらい驚愕に満ちている。
「対応してるなら覚えてないかな? あの時の私、ほとんど汗かいてなかったはずよ。真夏の最中、背負って送り届けてたらそんな風になってないと思うけど?」
「そう言われると……」
「申し訳ないけど、相楽君が感謝し想うべき相手は私じゃないよ」
 結論とも言える言葉に、孝太はうな垂れ申し訳なさそうな顔をしている。そんな孝太を見て愛美は笑顔を見せる。
「ねえ相楽君、付き合う付き合わないは別にして、知世に感謝の気持ちを伝えるっていうのはどうかな? 私の勘だと、今の相楽君は恋と感謝が入り混じってるような気がするの。だから、本当の恩人に向かって感謝の気持ちを伝えるのが一番良い選択だと私は思う」
「本当の恩人……、そうですよね。確かに先輩の言う通りだと思います。分かりました。では近々楢崎先輩に直接お礼を言います」
「うん、本人も喜ぶと思うよ」
「はい、でも、僕の気持ちは変わりませんよ」
「えっ?」
「婆ちゃんに付き添ってくれた新城先輩が優しくて素敵な女性というのは間違いない事実ですし、好きな気持ちはそんなに軽くないです」
「相楽君……」
「僕、諦めませんから」
 元気よく一礼すると孝太は下駄箱の前を後にし走り去って行く。残された愛美は気持ちの持って行き場が分らず、ただその場で呆然としていた。

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