可愛げのないあたしと、キスフレンドなあいつ。
14 --- 楔を断つには
 
(14)楔を断つには


ずっと来なければいいと思っていた土曜日がそれでもやってきて、あたしは渚と荒野さんに連れられてとある場所に連れていかれた。渚のお父さんが商店街に構えている、こじんまりとした弁護士事務所だ。

今日はお休みなので、所員のひとたちは誰もいない。どうやらここで聖人と対面することになるみたいだ。


「飲むか?」


ぼんやりしていると、突然目の前にミルクティーの缶を突き出される。あたしの好きなメーカーのやつだったけど、今は全然そそられない。

それでも緊張しまくって朝ごはんは何も食べられなかったあたしのために渚がわざわざ買ってきてくれたものだとわかるから、あたしはぎこちなく笑いながら受け取る。


「………ありがとう、渚」
「おう、今度三倍返しな。今度昼飯おごれ」
「なにそれ。ぼったくりじゃん」
「バカ、俺が買いに行った手間賃込みで等価だろ」
「渚の人件費、どんだけ高いんだよ」

軽口にちょっとだけ笑ったけれど、顔はすぐに強張ってしまう。そんなあたしの不安を察したように、渚はあえていつもの調子で言ってくる。

「何あからさまに不安な面してやがんだよ。おまえをあのクソ兄貴に渡したりしねぇから安心しとけ」
「そうだよ仁花ちゃん!!」

渚の隣に立っていた荒野さんも、あたしを励ますように言ってくる。

「仁花ちゃんはこの荒野さん自慢の上腕二頭筋で守ってあげるから!ついでに今ならシックスパックの愛称でお馴染みの腹直筋も付いてくるよ!だからそんな怖がらなくていいからね!」
「頭脳戦なら壊滅だけどな、荒野は」
「うっさいわ、俺は肉弾戦専門の戦闘員なのっ!!」

渚と一緒になって、荒野さんもあたしを安心させようとしてくれる。ほんとに渚の家の人たちはみんないい人たちだ。だからこそ、このまま迷惑をかけたままじゃいたくない。

(でもあたしに何が出来るって言うの……?)

それはずっと考え続けても、まだ答えの出ないことだった。

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