夢幻罠
しかしどこかに陰があった。
病的に見えた。
それは消え入りそうな色白の肌のせいなのか、または沈んだ瞳のせいなのか、それともその両方なのかも……。
「何にしましょうか?」
バーテンの髭面が前にあった。
「レーズンバターと、…」ビール、と言いたかったが、ここはショットバーだ。
隣を見た。
三角形のグラスの底にマスタード・イエローのオリーブらしき物が沈んでいる無色透明なカクテルだった。
「…ドライ・マティーニ」
「かしこまりました」
バーテンはアイスピックを人指し指と中指の間で、クルクルッと三回転させると、サクッという音をさせて氷の塊に打ち込んだ。
彼は黒いズボンと蝶ネクタイをし、うすいクリーム色のたぶんシルクのワイシャツに、細かい花柄のベストを粋に着こなしていた。
『風と共に去りぬ』の“レッドバトラー”のような髭を蓄え、歳は40前後といった印象だった。
決して端正な顔立ちではないが、若い時は随分女の子を泣かせたと思える天性の甘さを持っていた。
しかしその中にも秘めた意思が見てとれた。
たぶんこの内装のこだわりも、彼の信念から生れた物だろう。
彼はカウンターの上に逆さに掛けられた沢山のグラスの中から一つを選ぶと、シェイカーの中の物を固体を扱うように無造作にあけた。