大好きな君へ。
 私達は慌てて引き返した、二十二番の案内板のある脇道を右に入った。

其処には札所十番にあったような仏が立っていた。

その通りを暫く行くと山門らしき物が目に入った。

札所二十二番堂子堂の仁王門だった。


「わあ、可愛い!」
私は仁王門に向かって走って行った。


その門の中にはあどけない顔をした仁王様がいた。


「堂子堂か……何だかピッタリの名前だね」


「そうね。みんなこんなユーモラスな仁王様だったらお寺参りも怖くないにね」


「あれっ、怖かったの?」

隼の言葉に頷いた。


「仁王様を怖くないって思う人いると思う?」
語尾を上げて言う私に隼は笑った。




 札所二十二番堂子堂。
それぞれの可愛らしい仁王様に一礼ずつしてから中へと進んだ。


「おん、あろりきゃ、そわか」
所作の後は聖観音様のご真言。
少しずつ流暢になった気がしていた。




 境内にはトゲ抜き地蔵や身代わり観音などもあった。
私は隼の苦しみがを取り除かれることをひたすら願い続けていた。




 二十三番音楽寺は、秩父公園橋から真っ直ぐに行った場所にあるはずだった。


でもその道は秩父ミューズパークに続いていた。


つづら折りの勾配のきつい坂道だった。

この時ばかりは、電動アシスト自転車を無理強いしなかった自分を責めていた。


私が楽々昇る後ろで隼の姿が遠くなる。
隼は必死に立ち漕ぎで勝負しようと思いっきり歯を食い縛っている。

解っているから尚更辛かった。




 駐車場は広くて立派だった。

輪袈裟などを外してトイレに寄ってから、坂の上にあるらしい音楽寺を目指した。


「おん、あろりきゃ、そわか」
聖観音のご真言を唱える。


回向文まで読経した後お礼を言い、梵鐘の脇に立った。


帰り際に鐘を打つことは縁起が悪いとされる。
だからただ……
それを見つめていた。


明治十七年十一月一日。
吉田の椋神社で蜂起した困民党。

その夜一気に高利貸しの家を襲撃し、音楽寺の脇にある小鹿坂峠を抜けて梵鐘を打ち鳴らしたと言う。


自由民権運動の始まりとされる秩父事件だ。


その梵鐘の近くに秩父事件無名戦士の墓があった。


《われらは秩父困民党 暴徒と呼ばれ 暴動といわれることを拒否しない》

と刻印されていた。


秩父困民党として此処に集結したのは約千人だと聞く。

そっとその墓を見ると、亡くなった方々の冥福をひたすら祈る隼の姿が其処にあった。



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