大好きな君へ。
 「此処まで上がって来るのも大変だったけど、この先もっと厳しい行程になると思う。優香に僕の我が儘に付き合わさせてしまって本当にすまないと思っているんだ」


「そんなこと……こんな山の奥に建設するなんて、凄いのを見せていただいて感謝してます」


「ありがとう優香。だけど此処、清水の舞台と言うには小さいね」


「確かに……」

優香は笑いながらその独特のお堂を眺めていた。




 険しい山道を歩き始めた僕達は、足を踏み外せば死に直結する怖さを覚えていた。


二本渡しただけの橋。
木の根で出来た自然な階段。
もし此処のすき間に足でも取られたら、即死が待っている。
そう感じた。


マジな話。
即谷底へ繋がることだろう。
もしかしたら、何人もの命を奪ってきたのかも知れない。

僕は優香を此処へ誘ったことを後悔していた。




 無いようでいてある、獣道のみたいな巡礼道。
切り開かれた道なき道を進む。
其処はまさに、修験道そのものだった。


暫く歩いていくと護国観音様と出会した。


「やっと会えた」
優香が台座の下によじ登った。


「あれっ、此処に観音様のお顔がある」

優香の視線の先には、蛙がいた。
でも僕からは、その観音様のお顔は見えなかった。


優香が降りた後、本当は罰当たりだと思いながら僕もよじ登った。

蛙の先を良く見てみると台座の下に確かに観音様のお顔があった。
それはまるで大切な物を隠すように其処に描かれていた。


昭和十一年建立のコンクリート製だと言うことだ。
秩父札所の発展に寄与した当時の住職のアイデアだと聞いている。



 二十七番大淵寺。
一旦下へ行き、所作を済ませてから通り過ぎた観音堂へ戻った。


護国観音の見える踏み石の上に上がり、先ほどの無礼を詫びた。


「おん、あろりきゃ、そわか」
聖観音のご真言を唱える。
回向文とお礼の後で山門近くにあった延命水を今宮神社で購入したペットボトルに詰めさせてもらった。




 二十八番橋立堂へ向かうには、一旦線路を越えてから二つ目の交差点で線路に架かる橋を渡る。

ほぼ道なりに進むと浄水場があり、そのまま更に山道を行く。


辿り着いた橋立堂の上には切り立った山肌があり、屋根の上を覆い被さるような威圧感があった。



「おん、あみりと、どはんば、うん、はった、そわか」

馬頭観音のご真言で、秩父札所の中では此処だけだった。
それがからか?
境内に大きな馬の像があった。




< 143 / 194 >

この作品をシェア

pagetop