大好きな君へ。
 足はパンパン、膝はガタガタだった。

それでもどうにか雨の中を、結願寺の駐車場脇に辿り着いた。


其処も坂道だった。
私は金剛杖を頼りに、その道を歩き始めた。


絶対に必要になると言って、無理矢理持たせてくれた結夏さんのお母さん。

私は遠い故郷の空に向かい合掌した。




 入口には、散ってしまった山百合の葉。
途中には未だに青々とした紫陽花もあった。


それらに気を取られながら石仏の脇を通る。


本堂が見える手前の石仏に挨拶をする。

此処が最後などだと思うと余計に緊張してきた。

私は粗相がないようにと所作を頭の中で繰り返していた。




 「おん、ばざら、だらま、きりく」
千手観音のご真言だ。
回向文やお礼まで終えて納経所へ向かおうとした時、一匹の蜥蜴が足元にあった踏み台の隙間から中に潜っていった。


「あれっ、これ踏み砂だわ」


「あっ、本当だ。西国三十三箇所、坂東三十三箇所。それに秩父三十四箇所砂がの中に入っているらしいよ」

「それって凄いな」


「でも私、もっと凄い踏み砂知っているわよ」


「もしかしたら百穴?」


「ううん違うよ。隼の大学の上にある……」


「坂東の方が凄いのかなー?」


「そうかもね。地蔵菩薩の立像の下には、百観音の他に四国八十八箇所の砂も入っているらしいのよ」


「最強だな、それは」


「うん。だから、帰ってから行ってみようよ」


「お焚き上げしてもらう前に行こうか?」


「うん。そうしましょうよ。其処でもう一度結夏さんと隼人君のために祈りましょう」


「ところで、そのお焚き上げってなんだ?」


「結夏の流れた胎児に隼人って名付けて祈ってきたんだ。これがその時作ったお札だよ。僕の子供の位牌みたいなもんだな」

隼はそう言いながら隼人之霊と墨書した紙を松田さんに示した。


「結夏……」
そう言いながら松田さんは踏み砂の前で踞った。

幼馴染みで、弟の孔明さんが愛した結夏さんを結果的に死に追いやった松田さん。
悔やんでも悔やみキレない念に支配されているようだった。




 断腸の思いで立ち上がった松田さんと一緒に納経所へ行き、御朱印と記念メダルを購入した。
その後皆野町栄バス停に時刻表を見て秩父華厳の滝に向かい、頂上にある閻魔大王の大座像に結夏さんと隼人君の成仏を祈った。

その後でバスで皆野駅に行き、秩父線経由で地元駅に戻った。
雨で体力を奪われた私達の非力を詫びながら……




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