大好きな君へ。
 「これも入れてください」

そう言って松田さんは自ら集めた納経帳を差し出した。


「此処にいる二人とは比べ物にならないけど、俺も精一杯謝って来ました。本当に申し訳ありませんでした」

頭を下げる松田さんの横で、何も知らない翔が微笑んでいた。


「そんな……、せっかく集めた納経帳でしょう? こんな高価な物は受け取れません。そのお気持ちだけで……」

おばさんはそう言いながら、ハンカチの下に隠し持っていた納経帳を取りだした。


「これは私の宝物。松田さんがどうしてもと言うなら私のも焚べるけど……」


「そんな……」


「解ってくれた? 松田さんにとっても、この納経帳は大事な物でしょう? だったら大切にしてあげてね」
おばさんはそう言いながら、松田さんの肩に手を置いた。


「本当に申し訳ありませんでした」
松田さんはもう一度深々と頭を下げた。


「俺はただ結夏を驚かすつもりだった。でも、急に怖くなった。幾ら弁明しても又……そんな思いが頭を過ったからだ」

そう言いながら松田さんはお焚き上げの煙を見つめた。


「結夏ごめんな」

その後で松田さんは泣き崩れた。




 やっとの思いで松田さんは顔を上げた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
見兼ねた翔のママがティッシュを差し出した。


「私事で申し訳ありませんが、やっと就職先が決まりました」

松田さんは顔を拭った後でそう言うと、僕と孔明の手を取った。


「この二人が冤罪を晴らしてくれました。あの時逮捕したおまわりさんが、保証人になってくれたのです。これでやっと腰を落ち着けて働けそうです。ご迷惑をお掛け致しまして、本当に申し訳ありませんでした」


その松田さんの言葉には、別れた奥さんへのメッセージも含まれていた。


「一から出直すことにした。どうかもう一度チャンスをくれないか?」

でも、翔のママは首を振った。


「アナタは何も解ってない。反省もしていない。結夏さんがあの隙間から落ちた時、何故助けなかったの? もし救急車を要請していたら……もしかしたら結夏さんは死なずに済んだのかも知れないのに……」

それは、僕が言いたかった台詞だった。


「二人と札所を歩いて気が付いた。これまで俺がいかに責任を転化させてきたのかを……」


「それは僕も同じです。僕は優香によってそれに気付かされ、救われました。どうか翔君のためにも……」

僕は松田さんと一緒に頭を下げた。



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