大好きな君へ。
 『結婚しよう結夏』

カーテンの陰に隠れて結夏を抱き締めながら言った時、背中に回された結夏の腕に力が入った。


小さく振るえているのが解る。
きっと泣いているのだと感じた。
僕はその時、結夏が承諾してくれたものだと思ったんだ。




 『私達未成年だよ。まだ早いよ』

それでも結夏はそう言った。
本当は嬉しいくせに素直じゃない。


『勿論二十歳になってからだよ。それともニューヨークに行って許しを貰う?』

その言葉を聞いて、結夏は頬に大粒の涙を溢した。


『夏休みになったら行こうか?』


『あれっ、隼って十月始めの生まれじゃなかった? 夏休中に行かなくても……』


『あっ、そうだった。結夏は確か……』


『八月三十一日。夏の終りだから結夏になったんだって。判り易い名前だよね?』

結夏は笑っていた。


それでも僕は行くつもりだったんだ。
アメリカ国籍か日本国籍にするかの判断を着けなくてはいけないからだ。


だからそのついでに両親に結夏を会わせたかったんだ。


出来ればその場で結婚式を挙げたいと思っていたのだった。




 又カーテン選びに戻ったけど妙にぎこちない。
でも結夏は、そんな一時を楽しんでいるように思えた。


あれやこれやと意見を出し合い、太陽の光を通さない物にした。


結局二人が選んでだのは、二組共一間用のロングカーテンだった。




 結夏は部屋に帰って来て、東側の窓のカーテンをレールにはめてから下をきり裾を大雑把に縫った。

そして余った布でクッションカバーを作った。


『ほら、カーテンとお揃いになった。後でミシンを持ってきて縫うね』


でも結夏はそのまま戻って来なかった。

だからカーテンは、未だにそのままになっているんだ。




 『お天道様が見てる』
結夏は言っていた。

それでも僕達は時間が許される限り愛し合った。


だからいくら上の階だからと言っても、カーテンが欲しくなったんだ。


産まれたままの自分の姿を、太陽の元に晒したくなかったのだ。


あれは確かに梅雨の晴れ間の日。
まさかその日の内に結夏が殺されていたなんて……
僕は何も知らないままで結夏がカーテンを直しに来てくれる日を待っていたのだった。


(カーテンだけじゃないな。このソファーベッドたって、このクッションカバーだって……)


僕は未完成のままのカーテンを見つめながら、結夏を抱いたあの日を思い出して泣いていた。

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