大好きな君へ。
 小さな柄杓でお墓の上から水を掛ける。

でも其処で愚かな行為に気付いた。
私は何も道具を持って来なかったのだ。

ポケットにはハンカチさえも入っていなかったのだった。


仕方なく素手で洗う。
だから余計に惨めになった。


(何遣ってるんだろ私……。もし隼に見られたら何て言えばいいんだろう)

此処にいるはずもないのに、私の頭の中は隼だけだった。




 家の庭から摘んできた花をお墓に手向ける。

本当は其処で眠っているママに恨み辛みを言うために来たのだ。

自分の愚かな行動を棚に上げて、ママに愚痴るためにやって来たのだ。


それもわざわざ結夏さんの法事の日を選んで……


私は隼の姿を見たかったのだ。
未練だと知りながら。


隼の心の中に私が入り込める隙間など微塵もないと知りながら……




 お寺の駐車場が賑やかになる。

私は急いで其処へ行きその中に、隼が居ないかを確認した。


(バカだね私……。自分が惨めになるだけなのに……)


家族の方が別な会場へ移動するのを確認してから、私は又賽銭箱の前に行って中を覗いてみた。
其処には先ほどまでと違って静かな時間が流れていた。




 その時、隼が祭壇の前に座った。

隼は隣の部屋にいて、親戚連中の帰るのを待っていたのだった。


隼は熱心に手を合わていた。

私も慌てて合掌した。


「あれっ優香。何で其処にいるの?」

隼はそんな私に気付いたようで声を掛けてきた。


「あっ、お墓参りです」

私は慌ててそう言った。


隼は私を手招きをした。


「こんなこと頼める訳がないけど、出来れば僕と結夏の別れを見守っていてほしい」


(隼は今、別れと言った。もしかしたら……)

それは一分の期待。
私はこの期に及んでまだ未練から裁ち切れないでいたのだ。


私は頷いた。
頷くことしか出来なかったのだ。




 読経が始まる。
私は翔の隣に座って一緒に手を合わせた。


これが本当の家族の配慮だったのだろう。
隼に結夏さんと居る時間を作ってあげたかったのだと思った。


(でも良いのかな? 法事の読経を何度も聞いたら、結夏さんが戸惑わないかな? 私が……、隼の隣に座っていることを怒らないのかな?)

私は馬鹿なことばかり考えていた。


「ありがとう優香。何時も僕を見守ってくれて。これでやっと前向きに生きて行ける。これからも傍に居てくれないか」

でも隼は突然言った。




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