大好きな君へ。
 僕はその後で結夏との思い出の場所へ向かった。それはあのカーテンを買った店だった。


「辞めよう此処は」

優香はそう言ったままで俯いた。
見ると泣いているように思えた。


「あのカーテンには結夏さんとの思い出が詰まっているのでしょ? だったら大切にしましょうよ」


「優香……君って人は」

僕は優香抱き締めた。そしてこれでもかって言うほどキスをした。


僕の唇で優香の愛が優しく溶けていった。




 僕達は結局、マンションへ向かった。

愛し合うためではない。
妊娠させてしまった結夏のこともある。
だから僕達は結婚するまで触れ合わないと決めたのだ。




 テーブルには隣のスーパーで買ってきたお惣菜が並んだ。


でもその一つ一つに優香の思い遣りが込められていた。


キッチンペーパーを敷いて唐揚げをレンジに掛ければ油分が落ちる。
それにカイワレ大根を乗せてレモンを搾れば栄養バランスも良くなる。


優香の料理には、僕の健康を気遣う工夫に溢れていた。




 キッチンを片付けてから優香はテーブルに一枚の紙を置いた。


「何これ? 何が書いてあるのか解らないよ」


「これは光明真言よ。上に書いてあるカタカナ読みみて」


「ん? オンアボキャ、ベイロシャノウ、マカボダラマニハントマ、ジンバラハラバリタ、ヤウン? 意味が解らないよ」


「阿謨伽尾盧左曩摩訶母捺鉢納入鉢韈野吽」


これは所謂密教のご真言で、正式名称は不空灌頂光真言と言うそうだ。


十悪五逆四重緒罪によって地獄餓鬼修羅の道にに落とされ生まれ変わった死者に対して光明を及ぼして緒罪を除くようだ。


「これで何が出来るの?」


「私どうしても、結夏さんと流れた隼の子供を救ってあげたかったの」


「これを唱えれば救われるの?」


「本当に救われるのは私なのかも知れないけど」

優香のその言葉には人間のエゴが含まれているように思われた。
それは僕にも当てはまることでもあった。


優香は僕の心を救ってやりたいと思っていたのだ。


「優香、ありがとう」

僕は優香を抱き締めた。


「ごめんなさい。まだ続きがあるの」

優香は僕の体をそっと外した。


「この真言だけじゃダメってこと?」

優香は頷いた。




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