大好きな君へ。
 (確か『しゅん』って言ってた気がする。何処かで聞いた名前なんだけど……。あっ、もしかしたら相澤(あいざわ)隼さん? なの?)

私は急に懐かしい名前を思い出していた。


そして本当に相澤隼さんかどうかを確かめたくなっていた。
私はそれを尋ねたくて、孔明さんの帰りを待った。

でも孔明さんはそれっきり、私に近付いてはくれなかった。
孔明さんのお兄さんの一人息子は何時も寂しい思いをしていた。
だから孔明さんを離さなかったんだ。


(何時かパパとママと三人で暮らせれば良いね)

その子を見てずっとそう思っていた。


今まで私から離れなかった子供が、家族の姿を見た途端にソッチに走り出す。
愛情を幾ら掛けても一瞬で見向きもされなくなる。
私は保育士と言う仕事の惨さをマジマジと感じていた。




 私は結局、何も聞くことが出来ないまま帰宅したのだった。
ただ『しゅん』って響きだけを胸に刻み付けたままで……


本当は私は心配していたのだ。
横倒しになっていたバイクを……


バス停から程近い横断歩道を渡りきった時にクラクションが鳴らされた。


びっくりして見たら横断歩道の脇でバイクが倒れていたからだ。


事故でなければいいって、思っていたからだった。


もし、相澤隼さんだったらどうしよう。
私は気が気でなかったのだった。


私が原島先生に憧れたには訳がある。
それは……
何時も相澤隼さんが原島先生にしがみ付いて離れなかったからだ。


だから私は孔明さんのお兄さんの子供を抱く。
虚しくても……
辛くなっても……
私はその子に相澤隼さんを重ね合わせていたのだ。




 相澤隼さんは以前子役をしていて、とある女優さんの息子だと噂があった。
私の母はその女優さんが相澤隼の母親だと思っていたようだ。
小さな頃住んでいたアパートの隣には、相澤隼さんが真二さんと言う叔父さんと暮らしていた。


私が生まれるずっと以前には叔父さんの親友とその恋人が住んでいたようだ。
だから母は、相澤隼の両親はその二人だと思っていたようだ。
本当は違うのに……


何時だったか、相澤隼さんに聞いたことがある。
彼のご両親は商社に勤めていて、治安の悪い場所へ連れて行くのを躊躇ったそうだ。
だから彼は叔父さんと住んでいたらしいのだ。


彼のご両親は今ニューヨークにいるらしい。
だから、あの女優さんの子供ではないのだ。


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