大好きな君へ。
 それでも僕はニューヨークにいるのが本当の母だと思っていた。
お袋には悪いけど、その思いを今更変えられないんだ。




 「退院したらあのアパートに連れて行くよ。彼処がコイツの原点だからな」

叔父はそう言った。




 僕は父の顔を見て母の言葉を思い出していた。


『そんな、あの人と同じ顔して私を見ないで』

何時だったかは覚えていない。
きっと僕は甘えて抱っこでもしてもらいたかったのだろう。


僕は寂しがりやだったんだ。だから母が傍にいる時くらいは甘えたかったんだ。


何故母が言ったのか今やっと解った。

僕の隣で眠っている男性が、僕そっくりだったからだ。


目を瞑っていても判る。
やはり僕は本当にこの男性の子供なのだろうと。

きっと父もあのアパートで母に甘えたのだろう。
ラブラブな一時を過ごしていたのではないのだろうか。




 「叔父さん。父は僕と同じ大学だと聞いたけど、学科は何だったんですか?」


「隼と同じスポーツ科学科だよ。御父さんの仕事を継ぐためだよ。でも本当の夢は体育の先生だったんだ」

僕はハッとした。
そして、あの日の言葉が脳裏によみがえっていた。


「オーナー、僕は本当は迷っています。進路指導の先生は『私はまだ諦めきれないよ。君のような人こそ将来を背負う若者に教えるべきだと思うんだが』と言ってくれています。僕は本当は学校の体育教師になるために保健体育教員コースに進んだのです」


「だったらやればいい」
オーナーそう言った。


「本当は体育の先生になるための準備は就活と一緒にしていました。せっかく保健体育学科を受講しているに勿体無いとは思っていました」


「そうか……親子だからかな。隼は気付かない内にこいつの意志を受け継いだの知れないな」

違う。僕は結夏との結婚を考えて、学校の体育の先生になろうとしていただけだったのだ。


全ては愛する結夏と暮らすための決断だったのだ。




 僕は何てずる賢い男なんだろう。


一番てっとり早く結婚の承諾をもらえる方法として体育の先生を選んだだけだったのだ。

二十歳になる前に結夏と一緒に暮らしたくて、御両親を説得する一つの方法として考えただけだったのだ。


ニューヨークの両親の承諾をもらわなくても、秋には互いに二十歳を越える二人。

だから僕は安易に進路を決めたんだ。


そんないい加減なヤツがせっかく雇ってくれた人達を裏切っても良いのだろうか?
僕の悩みは又始まっていた。
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