大好きな君へ。
 父は退院後あのアパートに帰って来た。


『隼、今すぐアパートに来て』
突然母から電話が入った。

僕は慌ててバイクに股がりアパートまで行った。


玄関を開けたら、父と母がキスをしていた。


「真二さんに聞いたの。だから脅かしてやろうって彼が言い出して……」
母は恥ずかしそうに俯いた。


「さっき、怜奈がキスしてきたんだ。それも物凄く濃厚なヤツを……。その内に徐々に思い出したんだ。この部屋で愛し合ったことを……」


「恥ずかしいから言わないの」

そう言う母に大女優の威厳はない。
あるのは、父を愛する心だけだった。




 「怜奈が心を込めてくれたから、あのキスは最高だった。それから……」


父はそう言いながらあの写真を出した。


「これを見た時は泣いたよ。俺がアメリカに行ったばかりに苦労をかけたな」

父はきっと病室でのやり取りを聞いていたんだ。
だから泣かずにいられなかったんだろう。




 「隼。ビックハンドの精神を忘れずに前進しろ。そうすれば、きっとお前は優れた教育者になれるから」

父の言葉に僕はただ頷いた。


ビックハンドとは五つのポリシーだ。
調和とコミュニケーション。
専門知識と幅広い一般教養。
地域愛。
得た知識の貢献。
情熱と行動力と責任感。
未来を捕まえる手。


父が何故そんなことを言ったのかは解らない。
でも、出身大学のことまで思い出したと僕は判断したのだ。




 「隼。お前は俺達の宝物だ」
父はそう言いながら、僕を抱き締めた。


「ねえ、隼。私達結婚するの。記者会見の時、同席してくれないかな?」


「えっ!?」


「イヤならいいの」


「いや、イヤと言う訳じゃなくて……」


「やっぱり恥ずかしいよな」

父はウインクをした。




 「隼。親父の事務のことだけど……。俺が手伝うことにした。きっと、役に立つことなんて何も出来ないかも知れない。それでもお前の代わりに就職したいんだ。お前は体育の先生を目指したいんだろう? だったら思った通りに進めばいい」


「ありがとう親父。僕は中学の体育の先生より、本当はソフトテニスのコーチになりたかったんだ。だからオーナーのとこでも……」


「勿論だ。俺が就職するのは、あくまでも隼の代わりなんだから……」

父の言葉には、僕の将来を案じた末の決意があったのだ。




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