王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~

ふいに解放されたエリナは、遠ざかる精悍な背中を呆然と見つめ、ぱちぱちと瞬きしながら立ち尽くす。


彼女は混乱していた。

キットは、エリナが彼のためにランバートと接触しようとすることをひどく嫌がる。


(どうしてキットは、そんなふうに怒ったりするの?)


そのくせ自分はエリナを守ると言って抱きしめてきて、いとも簡単に彼女の鼓動をはやくさせる。


(どうしてキットは、そんなふうに甘やかそうとするの?)


そうかと思えば突然突き放されて、去って行く背中には強い決意の色さえ伺えた。


(どうして……キスしなかったの?)


エリナにはキットの考えていることがよくわからないし、自分がどうしたいのかもわからない。

しかしエリナの胸の内は、遠ざかる背中を見てなんとなく、だけどはっきりとした確信めいた予感に占められていた。


キットはたぶん、エリナにはキスをくれない。


「エリー? 大丈夫? あいつ、屋敷の方へ戻ったみたいだけど……」


それだけは確かなことのような気がして、ガゼボのほうから遠慮がちなウィルフレッドの声が聞こえてきても、エリナはただそこに立ち尽くすことしかできなかった。
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