厄介なkissを、きみと
「ありがと。助かっちゃった」
駅のロータリーで車から降りた私は、腰を折り曲げ、お礼を言った。
「どういたしまして」
「………」
目線を同じ高さにしてしまったせいで、とらえてしまった。
翔平の笑顔を。
思いっきり。真正面で。
じゃあな、と軽く左手を挙げた翔平は、私が手を挙げるのも待たずに車を出す。
挙げ損なった左手が、やけに虚しい。
「会社、行こ……」
翔平の車に背を向けるように、回れ右をする。
私が出社してくるのを、今か今かと待ち構えている書類たちのためにも。
「ふーっ」
と息を吐き出して、足を、大袈裟なくらいに大きく一歩前へと出したのだった。