厄介なkissを、きみと

「ありがと。助かっちゃった」

駅のロータリーで車から降りた私は、腰を折り曲げ、お礼を言った。


「どういたしまして」


「………」


目線を同じ高さにしてしまったせいで、とらえてしまった。


翔平の笑顔を。


思いっきり。真正面で。


じゃあな、と軽く左手を挙げた翔平は、私が手を挙げるのも待たずに車を出す。


挙げ損なった左手が、やけに虚しい。


「会社、行こ……」

翔平の車に背を向けるように、回れ右をする。

私が出社してくるのを、今か今かと待ち構えている書類たちのためにも。

「ふーっ」

と息を吐き出して、足を、大袈裟なくらいに大きく一歩前へと出したのだった。


< 7 / 32 >

この作品をシェア

pagetop