理想の彼氏作成キット
最終話

 二カ月後、待ち合わせの映画館へ向かうと相手は既に待っているようで、入り口でポスターを眺めている。デートということもありトレードマークの寝癖も無く、服装もカジュアルウエアでまとめる。
「お待たせ、大輔さん」
「こんにちは、咲さん。今日も綺麗です」
「あら、大輔さんだってカッコイイわ。なんでコンタクトにしなかったのか今でも疑問よ」
「いや、だって怖かったんだよ。目の中にレンズ入れるなんて」
「それを言うなら目の上でしょ? ホント天然なんだから」
 咲のツッコミに大輔は照れながら頭を掻く。二人が本格的に付き合いだしてから早二週間が経過し、とても良い関係が進んでいる。職場で交流していた期間も助けとなり、大輔からの告白もすんなり受け入れた。なにより、黒縁メガネを取った大輔は思いもよらずイケメンで咲のみならずお局軍団も驚愕する。
 そして一番驚いた点は、実家の食料品店というのが実は一緒に働いている当該スーパーであり、社長の息子だったとの告白。県外の会社に勤めていた時期に地元に帰省し、その際に店内で見かけた咲に一目惚れし会社を辞めて帰ってきたと語る。店長だけは大輔の経歴を把握しており、咲が倒れたときにすんなり休めた理由も判明した。

 夕方、大輔との楽しいデートを終えるとその足で駅前の噴水に向かう。アフターファイブということもあり噴水前は待ち合わせるカップルで賑わう。待ち合わせ時間まではまだ一時間以上あるが、待っている時間も咲にとってはデートの一部という位置づけがあり、本を読みながらのんびりと待つ。
 残暑ということもあり、陽の落ちた広場にまだ暑さも感じるが同時に噴水により与えられる涼に癒される。九時前になった頃、本を読む咲にスーツ姿の男性が小走りに駆け寄る。
「ごめん、また待たせたみたいだね」
「いえ、尚斗さん仕事だし仕方ないですよ」
「じゃあ、レストランに行きましょうか」
 尚斗のエスコートでイタリア料理店に向かうと、好物のカルボナーラを注文する。尚斗も同じものを注文し咲を向く。
「今日のその服装、もしかして彼とデートでした?」
「はい、とても楽しいデートでした」
「元カレの前でハッキリ言うね」
「そういう約束じゃないですか」
「まあそうなんだけどね。僕のデータがある間に彼氏を作る。作れない間は月額使用料を支払う。使用料は僕と咲さんと茜さんで三等分負担。彼氏ができた場合のデータ残り期間は良い友達関係で過ごす。茜さんの案だけどね」
「私が優柔不断で情けないからこうなったんですよね。尚斗さんにも茜にも、彼氏にも申し訳なく思っています」
 頭を下げる咲を見て尚斗は苦笑する。
「茜さんからこの提案を受けたとき驚いたし悩んだけど、咲さんが初めての恋愛でこんな変則的な状況だったことを考えたら協力せざるを得なかった。仮に短い間になったとしても咲さんと同じ時を過ごせるなら、それも幸せなことだと思ったし。まあ、彼氏が割とあっさりできたのはショックだったけどね」
「すみません。言ってなかったんですが、職場の同僚で私が悩んだり困ったときいつも支えてくれてました。茜も含め私の側には支えてくれる良い人がたくさんいたんです。尚斗さんと知り合って成長して、見えてきたこととかたくさんありました。今まで気付けなかったこと、見落としていたこと、人を見る目、尚斗さんとの出会いが今の私を作っているんだと実感しています」
「そう言ってもらえると嬉しいけど、それは僕の力じゃないよ。咲さんにもともとそういう資質があったんだと思う。出会ったときから咲さんは素敵でしたから」
「あら? まさか口説いてます?」
「はは、口説いてますよ。返事は?」
「お気持ちだけ頂戴いたします」
 冗談を交わし笑い合い二人は穏やかな空気の中で最後の晩餐を過ごす。今日で会うのを最後にしようと提案したのも咲本人であり、そこまで至る心の変化や苦悩を知る尚斗もそれを素直に受け入れた。尚斗との件は大輔にも包み隠さず伝えており、大輔の了解のもと尚斗と会っていた。この件に関しては提案した茜本人が大輔や尚斗に直接会い説得してくれた点が大きく、それによって傷心を浅くし心を整理する時間が作れたと思っている。
 大好きな赤ワインも飲み交わし、終始明るい雰囲気で食事を終えると店を後にする。駅前まで送って貰うと黙ったまま向き合う。十一時過ぎと言うこともあり駅に向かう人はほとんどいない。噴水の前で見つめ合う二人を、恋人以外の関係で見ることはできない。しばらく黙って見つめていたが尚斗の方から口を開く。
「今日で咲さんを見るのも最後なんですね」
「そうなりますね」
「最後なんでキスしてもいいですか?」
「ダメです。彼氏一筋なんで」
「妬けるな~」
「ふふふ、ラブラブですからね」
「咲さん楽しそうだ」
「ええ、毎日が楽しくて幸せです。これが恋愛なんですね」
「幸せな気持ち、辛い気持ち、その全てが恋愛であり人生ですよ」
「はい、とても勉強になりました。貴方に出会えて良かった。私にとって本当に理想の彼氏だった。ありがとう、貴方のことはずっとずっと忘れません」
 前回の別れとは違い互いに笑顔を見せたまま距離を取る。なんの躊躇いもなく去って行く咲の後ろ姿を、尚斗は真剣な眼差しで見つめていた――――



――いつものように尾行に対し細心の注意を払いながら尚斗は市役所の駐車場に向かう。深夜ということもあり、ひっそりと静まり返るフロアを抜け会議室の奥へと向かう。奥の部屋へと続く扉は指紋認証システムが導入されており、特定の人間以外は入室できない。指を当てチェックが済むと尚斗はドアノブを下げ入室する。室内はPCが多数並べられており、眼鏡をかけた一人の女性が忙しそうにキーボード操作をしている。尚斗の入室に気がついた女性は振り向き笑顔を見せる。
「お疲れ様でした。メイク室でお待ち下さい。直ぐに伺いますので」
 促されるまま尚斗はメイク室へと向かい、鏡の前にある椅子に座る。幾度となくここで受けてきた特殊メイクだが、今日で最後と思うと少し寂しい気持ちになる。程なくすると女性がやってきて手際よくメイクを落として行く。施すときは時間の掛かる作業も、解くときはあっという間に終わり、メイクを落とした尚斗はウエットティッシュで顔を拭く。
「さっぱりしましたか?」
「ええ、やっぱり男はすっぴんが一番ですよ」
「女性もホントはすっぴんでいたいんですよ?」
「ですよね、ホントこの二カ月大変で、女性の気持ちがよく分かりましたよ」
「本当にお疲れ様でした。でも、ちゃんと理想の彼女ができたわけですから、伊勢谷さんにとっても良い結果でしたでしょ? ああ、ごめんなさい。もう小林さんでしたね」
「ええ、もう本名の小林大輔です。ずっと小林だったんですけどね」
 大輔は苦笑しながら女性に語る。
「この理想の恋人システムを聞いたとき正直びっくりしましたけど、終わってみるとよくできたシステムだなって感じました。多数集めた理想の彼氏彼女のデータを収集し、互いの理想の近い男女を巡り合わせる。その後、特殊メイクを施した理想の容姿を持つ相手を派遣し恋愛関係に発展させる。このとき必ず、容姿が理想でない相手と容姿が理想の相手、同じシーンで登場させる。以降は、特殊メイクした容姿理想の相手と自分自身を二役演じながら関係を進ませ、最終的に自分自身と結ばれるように振る舞う。性格や趣味等の好みはデータで合致してる訳だから、容姿が変わっても上手く付き合っていける公算が高い。役所が主導でする出会いシステムとは言え大掛かりな計画だと思いました」
 半ば呆れながら大輔は両手を挙げてみせる。
「お褒めに預かり光栄です。でもこのシステムはまだまだ改善点はあります。そもそもデータ自体がその方本人の真意かどうかも判断つきませんし。中には自分の名前をキャメロン・ディアスなんて入力する方もいましたし」
「キャメロン・ディアスですか。面白い女性ですね。まあ、僕の彼女も面白い人ですけど」
 笑い合いながら雑談を交わし、大輔は晴れ晴れとした気持ちで部屋を後にする。メイク室の掃除を済ますと女性は眼鏡を取り、疲れた眼に目薬を指す。心地良い清涼感を堪能してから席に付くと、再びPCの画面に目を向ける。そこには伊勢谷尚斗の管理画面が移っており、データ削除の通知が点滅している。
「やっと本当の彼氏ができたか。おめでとう、咲」
 そうつぶやくと、茜は笑顔で削除アイコンをクリックしPCの電源を落とした。


(了)
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