恋架け橋で約束を
第5章 7月5日

雪乃さん登場

 そこで目が覚めた。
 また朝になってるみたい。
 今日は七月五日……。
 もうすぐ七月七日だけど、きっと何も起こらないはず。
 そして……孝宏君のことを思い出し、私の元気はすぐに回復した。
 そう……私たち、昨日から……。
 想像するだけで顔が火照ってしまう。
 昨日のことは夢じゃないよね。
 私はベッドから起き上がった。



「佐那ちゃん、おはよう!」
 階段の下で、孝宏君と顔を合わせた。
「おはよう!」
 言って、我慢しきれず、抱きつく私。
「ああっ、駄目だって!」
 慌てる孝宏君。
 嫌なのかな……。
「ごめん、嫌だった?」
 ちょっと寂しくなってしまう。
 私が調子に乗りすぎちゃったのかも……。
「そ、そうじゃなくて……」
 そこで、リビングのほうから元気の良い女性の声が聞こえた。
「見ぃーちゃった! 噂の佐那ちゃん、意外と大胆な子なんだね!」
 おばあさんの声とは全く違う、若々しくて甲高い声だ。
 そちらを見ると、見知らぬ若い女性が立っていた。
 けっこう綺麗な人だ。
 孝宏君にもおばあさんにもあまり似ていないけど、もしかして……孝宏君の従姉さんじゃないかと想像する。
「あ、は、初めまして……」
 私はお辞儀をした。
「ほらぁ~。嫌だったんじゃなくて……こうして雪乃(ゆきの)姉ちゃんにバレると、色々と言われて、佐那ちゃんが困るかなって思ってね。こちらは雪乃姉ちゃん。僕の従姉だよ」
 苦笑する孝宏君。
「来栖野佐那と申します。よろしく」
「孝ちゃんの紹介にあった通り、あたしは雪乃。孝ちゃんの従姉で、おばあちゃんの孫ね。よろしく! 噂の佐那ちゃんに会えて光栄だなぁ!」
「は、はい……。お会いできて嬉しいです」
 どこで噂が流れてるんだろ。
「敬語なんか、なしなし! 雪乃って呼んでね。よろしくね! それにしても……うわぁ~可愛い~! 想像以上の可愛さだ! こりゃ孝ちゃんがイチコロなのも納得できる!」
「ちょっと、雪乃姉ちゃん、何言ってるんだよ。佐那ちゃんが可愛いっていうところに、異論はないけど」
 孝宏君こそ、雪乃さんの前で、何言ってるの~。
 は、恥ずかしい。
「お、赤くなったぞ! 何なんだ、この可愛さは!」
「そろそろ朝食が出来る頃だし、食べに行くよ。僕は今日も学校だから」
 孝宏君はそう言ってリビングに向かうので、雪乃さんと私も続いた。
 その間、雪乃さんのテンションは高いままだったけど。



 四人での朝食の間、雪乃さんのことを、本人とおばあさんが話してくれた。
 どうやら、おばあさんのほうから、こまめに雪乃さんに連絡を取っていたそうで、私が居候していることも、雪乃さんに伝わっていたらしい。
 ただ、記憶喪失ってことなどは伝わってなかったらしく、私の口から話したところ、雪乃さんが本当に文字通り「飛び上がって」驚いた様子だった。
 そういう私の秘密やあまり知られたくなさそうなことを、たとえ自分の孫相手とはいえ、勝手に漏らさないおばあさんの気遣いが嬉しい。
  
 初日に聞いていた通り、雪乃さんは今、他府県の大学に通っているらしい。
 そして、週末になると、たまにこうしておばあさんの家に帰ってくることもあるそうだ。
 雪乃さんの性格は、おばあさんによると「おてんば」、孝宏君によると「にぎやか」という感じみたい。
 本人は否定していたけど、何となく二人の意見が当たっているように、会ったばかりの私ですら感じた。
 雪乃さんって、なんだか、楽しい人だなぁ。

 また、おばあさんによると、まだ警察からの連絡はないという。
 警察でもまだ何も分かってないのかな。
 そろそろ本気で不安になってきつつあった。
 あの夢では、七月七日に記憶が戻るっていう謎の声が聞こえてたけど、所詮は夢だから、信用できない。
 それに、「お別れ」みたいな不吉なことも、あの不思議な声が言っていたし、そんなのを信じる気にはなれなかった。



「ごちそうさま。それじゃ、学校へ行ってくるね」
 孝宏君が立ち上がり、お皿を流しへ持っていきながら言った。
 他のみんなも立ち上がって、孝宏君に「気をつけてね」と言って、お皿を運んでいく。
 私は玄関まで、孝宏君を見送ることにして、後についていった。

「いってらっしゃい、気をつけてね」
「うん、いってきます。今日は土曜だから半日で終わるし、午後からまた一緒に過ごそうね」
「もちろん! 首を長くして待ってるよ。気をつけていってきてね」
 新婚さんみたいに、ここでキスしたいところだったけど………後ろにおばあさんと雪乃さんもいることが分かっていて、見られたら恥ずかしいから、できなかった。
 すると、孝宏君のほうから、キスしてくれてびっくり。
 ドキドキが治まっていないうちに、孝宏君は手を振って家を出ていってしまった。

 途端に、早速寂しくなる私。
 もう、孝宏君なしじゃ、生きていけないかも……。

 私はお皿洗いをするために、キッチンへ向かった。

 すると、そこにはおばあさんと雪乃さんが並んでいて、すでに大半のお皿を洗い終わっているみたいだった。
「ああ、私がいるうちは私が手伝うから、佐那ちゃんは休んでていいよ」
 孝宏君の従姉さんだけあって、やはり優しい雪乃さん。
「ありがとう。でも、もし何かお手伝いできることがあれば、是非言ってくださいね」
「ね、いい子でしょ?」
 にこにこしておばあさんが雪乃さんに言う。
「なぜ、おばあちゃんが自慢げなのかが解せん。でも、言ってることはすごく分かる!」
 うんうん、と頷いて言う雪乃さん。
 何だか褒められてばかりで、照れちゃう。
 私は邪魔になるといけないので、私は先に掃除をすることにする。



 その後、三人で一通りの家事を済ませたところ、雪乃さんが言った。
「家事も一段落、だね。佐那ちゃん、お昼まで何か予定は?」
「あ、いえ、特にありません」
「だったら、一緒に出かけない? どこか、行ったことがない場所があるんだったら、案内するから」
 すると、おばあさんが言う。
「是非、行っておいでよ。孝宏はお昼まで帰ってこないからね。お昼の準備はあたしがしておくから、心配しなくていいよ」
 私たちは口々におばあさんにお礼を言った。
「じゃ、じゃあ、臨海公園はいかがでしょうか? 何度か話には聞いてるんだけど、まだ行ったことがないので」
「オッケー! それじゃ、おばあちゃん、出かけてくるね」
「はいはい、二人とも気をつけてね」
 こうして私たちは、出発の準備を済ませた後、臨海公園へ向かったのだった。



 寒蝉駅に到着し、ホームで電車を待つ雪乃さんと私に、「すみません」と声をかけてきた人がいた。
 振り返ると、駅員さんらしき格好の人が立っている。
 この人どこかで……。

「もう、お加減は大丈夫ですか?」
「ああっ!」
 私はやっと思い出した。
 一人でこのホームまで来たとき、声をかけてくれた駅員さんだ!
「その節はご心配をおかけしました。もう、この通り、元気です」
「安心しました。それはよかったです。また、何かお困りのときやお加減が優れないときは、お気兼ねなくお声かけくださいね」
「はい、ありがとうございます」
 駅員さんは一礼して立ち去っていった。
 親切な人だなぁ。

「佐那ちゃん、知り合い多いね。ここに来てまだ一週間も経ってないっていう話なのに、すごいよ」
 雪乃さんが目を丸くして言う。
「いえいえ、そんなことは……」
 私は、以前このホームでさっきの駅員さんに会ったときのことを話した。



「親切な駅員さんだね。それに、なんだか、かっこいいし!」
 元気良く言う雪乃さん。
 たしかに、ルックスはかっこいいかも。
 駅員さんの制服で、びしっと決まっているし。
「たしかにそうですよね。でも、私には、孝宏君のほうがかっこよく……」
「出たぁ~! まーた、のろけだぁー!」
「ち、違いますよ!」
 慌てて否定はするものの、客観的に見ると、のろけと受け取られても仕方ないかな……。
「気にしなくていいってば。孝ちゃんのこと、それだけ深く想ってくれてるんでしょ。従姉のあたしとしても、すごく嬉しいよ」
 そう言う雪乃さんの表情は、なぜだか急に寂しげに感じられた。
 今日会ったばかりとはいえ、雪乃さんのこんな表情は初めて見る。
 どうしたんだろう……?
 
 そのとき、アナウンスが流れ、ホームに電車が入ってきた。
「さぁ、出発だぁー!」
 雪乃さんの表情は、底抜けに明るく感じられ、寂しげな様子など、もう微塵もみられなかった。
 気のせいだったのかも。
 私たちは相次いで、電車へと乗り込んだ。
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