恋架け橋で約束を
「あっ!」
 私は思わず声を上げた。
「どうしたの?」
「あそこに歩いてる女の人……。会ったことあるかも!」
 私たちのいるところから十数メートルほど先を、二十歳前後とみられる女性二人組が歩いていた。
 その二人組のうち、右側を歩いている人!
 あの人……会ったことあるかも。

「それじゃ、話を聞きにいってみようよ」
「でも……初対面だったらどうしよう。私、孝宏君と会ったときも、同じようなこと言ってたでしょ。でも、孝宏君は私と初対面だって言ってたし。今回もそうだったら……。迷惑がかかるかもだし……」
「それでも、せっかくの手がかりだから。僕が、失礼のないように伝えてあげるから大丈夫だよ。これまでのいきさつを、あの人に話してもいい?」
「うん、それは大丈夫」
「じゃあ、急ごう。見失ってしまうよ」
 私たちは、その人のところへダッシュで向かった。



「すみません!」
 孝宏君が声をかけてくれた。
 女性二人組は驚いた様子でこちらを向く。
 右側の女性が答えてくれた。
「はい、何でしょうか?」
 ここで、孝宏君が手早く端的に、これまでのいきさつと、なぜ声をかけたのかを要約しつつ説明してくれた。
 孝宏君って、頭もいいんだなぁ。
 すごく、頭の回転が早いと思う。



 話を聞いてみると、私が気になった女性の名前は橿原美佐枝(かしはら みさえ)さんという名前の人で、もう一人の女性は高遠美月(たかとお みつき)さんというらしい。
 うう……お名前を聞いても、あまり記憶に引っかかるものがない……。
 やっぱり、私の思い違いなのかな。



「それは大変ですね……」
 橿原さんはすごく同情してくれたみたいで、心のこもった口調で声をかけてくれた。
「どうも……」
 私はぺこりと頭を下げる。

「それで、どうなの美佐枝。佐那さんに見覚えがあるの?」
 高遠さんが、橿原さんに訊ねた。
「うーん、ごめんなさい。私には会った覚えがないわ。佐那さんっていうお名前にも全く心当たりがなくて……」
 やっぱり……。
 私は肩を落とした。

「でもさ、美佐枝と佐那さんって、耳の形とか似てない?」
「ん~……。他人の空似かも。少なくとも、私の親戚にはこのぐらいの年齢の子はいないのよ。それに耳の形でいえば、あなたとそちらにいらっしゃる神楽坂さんだって似てるんじゃない? 耳が大きいところがね」
 橿原さんが言うと、すぐに孝宏君が答える。
「僕は高遠さんほど福耳ではありませんが……」
「たしかに」
 高遠さんは面白そうに笑って、孝宏君の意見に同意した。

「ごめんなさいね、お力になれなくて」
 申し訳なさそうに言う橿原さんに、慌てて私が答えた。
「いえいえ、とんでもないです。こちらこそ、呼び止めてしまってすみませんでした!」
「気にしないでいいですよ。早く記憶が戻るといいですね」
 橿原さんが言う。
「頑張ってね。応援してるよ!」
 高遠さんも励ますように言ってくれた。
「お二人ともありがとうございます! それでは」
 私はまたお辞儀をして言った。
「どうもお時間を取らせてすみませんでした。失礼しますね」
 孝宏君が言う。
 そして挨拶を交わしたあと、橿原さんと高遠さんは、観覧車の入場口の方向へと歩いていった。
 良い人たちだったなぁ。



「孝宏君、ごめんね。せっかくお声かけしてくれたのに、無駄になっちゃって……」
「気にしないで。結果は残念だったけど、気を落とさずに、また誰か気になる人を見つけたら教えてね。遠慮しちゃダメだよ。いつどこで手がかりが入手できるか、分からないんだからね」
「ありがとう」
 どんなことがあっても、私を責めるようなことを一切せず、嫌な顔一つせずに協力してくれる孝宏君。
 私は感激が抑えきれず、ギュッと孝宏君に抱きついた。
「今日の佐那ちゃんは、ますます甘えん坊だね」
「甘えん坊は嫌い?」
「ううん、大好き」
 さらっと言ってくれる孝宏君。
「これからもどんどん甘えてね。さて、それじゃ、そろそろ出ようよ」
 そして私たちは今度こそ、出口へと向かった。



 遊園地の出口を出たところで、私たちは急に横から声をかけられた。
「おやおや、アベックのお二人様じゃございませんか」
 この口調……この言い回し……あの人しかいない。

 見ればやっぱり崎山君だった。
 そして………出た!
 恒例の直角お辞儀。

「崎山か。ん? 昨日も遊園地に行くって言ってなかったっけ?」
「神楽坂君……。一人で何度も遊園地へ行ってはダメという法律が施行されたのでしょうか?」
「いやいや、そんな法律ないけど」
 二人のやり取りに、くすっと笑ってしまった。
 しかし、崎山君は少しも意に介していないらしい。
 相変わらず、営業スマイルのような笑顔を崩さずに言った。
「お忘れになってませんよね? 明日はライブですよ。当日券もありますので」
「いや、もうすでに智から、チケットを二枚受け取ったよ」
「なんと! アッと驚く為五郎! 智君、かなりのやり手ですな。実に抜かりない! 容姿容貌で大差をつけられておりますワタクシは、そういうところでも負けてしまうのですな! 哀れな子羊に愛の手を!」
 相変わらず、崎山君の大仰な言い回しに、ついていけない私。
「それにしても、お二人は実にお似合いですな。ラブラブデート、馬やらしく思いもうしあげます」
 馬やらしい?
 ああ、羨ましいってことかな。
「何とでも言えって。別に気にしないから」
 鷹揚に笑う孝宏君。
「さすが、ゼントルマンの余裕ですな。うむぅ、これは失礼いたしました。ワタクシは完全にお邪魔虫でしたね」
「崎山もこの後、バーベキューに来るのか?」
「智君に誘われまして、二つ返事ですよ」
 崎山君も来てくれるんだ。
 ちょっと嬉しくなった。
「よかった~。にぎやかなほうがいいですよね」
「ワタクシなどにそのようなお言葉……もったいのうございまする」
 何時代の人なの……。
 でも、喜んでくれているってことだけは分かった。
「これから僕たちも帰るんだし、崎山も一緒にどう?」
「なんと! 大変ありがたい申し出ですが、ラブラブなお二人のお邪魔をしたくありません。なので、私は別行動で、お宅へ向かいましょうぞ」
 気を遣ってくれてるんだ……。
「崎山君、お気遣いありがとうね」
「いえいえ、とんでもない。ゼントルマンとして当然の処置です。それじゃ、お二方、また後で。バイビー!」
「うん、また後で」
「崎山君も気をつけてね。また後で」
 崎山君は、恒例となっている直角お辞儀のあと、颯爽と立ち去っていった。



「崎山君、駅とは別方向に行かれたみたいだけど、どうするのかな?」
「ああ、多分バスだと思うよ。向こうにバス停があるんだ。じゃあ、僕たちは駅へ向かおう」
「うん!」
 私たちはそのまま、まっすぐ家に帰った。
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