恋架け橋で約束を

孝宏君との時間

「待っててくれたんだね、ありがとう」
 二人の姿が見えなくなると、孝宏君が言った。
「いえいえ。家で待ってたんだけど、待ちきれなくて校門前まで行ってみたの。すると、智君と崎山君がちょうど出てこられて、お二人とここで孝宏君を待ってたんだよ」
「お待たせしてごめんね。それじゃ、帰ろっか」
 そして、私たちはゆっくりと家へ向かった。



 おばあさんに「ただいま」の挨拶をした後、私たちは二階へと上がる。
「じゃあ、着替えとか、色々準備をするから、少しだけ待っててね。それから、またおしゃべりでもしようよ。恋架け橋の伝説は、たしか『七夕の夜』だったから、まだまだ時間があるからね」
「うん、分かった」



 やがて、孝宏君が私を呼びに来てくれたので、私はすぐに孝宏君の部屋へと入った。
「きゃっ」
 入るや否や、いきなりギュッとハグされちゃった。
「ずーっと我慢してたから、つい……ごめんね」
「ううん、私もずっと待ってたよ」
 私も孝宏君の身体に手を回した。
「とりあえず、座ろっか」
 孝宏君がそう言うので、私は身体を離して座ろうとした。
 そのとき―――。

「今だっ!」
 元気な掛け声と共に、突然、昨夜みたいにお姫様抱っこされて、さらにびっくり。
 でも声が出ないのは、びっくりしたからというより、むしろ嬉しすぎて……かな。
 そのまま孝宏君は、ベッドまで移動して、私を降ろしてくれた。
 そして自らもベッドに。
 昨日の添い寝と似た状況になった。
「もう~、孝宏君ってば」
 笑って言う私に、孝宏君も笑顔で言葉を返してくれる。
「だって、昨日、海で言ってくれたでしょ。『独り占めにしていい』って」
「うん、たしかに言ったよ。嘘じゃないから」
「だから、こうして独り占め」
 そう言って、寝転んだ状態で抱き寄せてくれた。
 孝宏君の胸に顔が当たる。
 ぬくもりが愛しくて、私のほうからも孝宏君の身体に手を触れて、引き寄せた。



 それから、しばらくの間、そうして触れ合っていた。
 すごくドキドキするのに、落ち着くという……不思議な感覚。
 私は、孝宏君のそばにいられる幸せを噛み締めていた。



 やがて、少し身体を離して、孝宏君が言う。
「ちょっとずつ、暗くなってきているね」
 窓から外を見ると、たしかにそうみたい。
 元々、曇っていてそれほど明るくなかったんだけど、さっきよりさらに暗くなったように思う。
「それじゃ、恋架け橋へ行こっか」
 元気良く言う孝宏君。
 だけど……私の心に酷く引っかかっていることがあって、素直に笑顔を見せられなかった。
 
「七月七日、夢は終わる。恋架け橋で……」

 昨日のあの声を再び思い出して……。

「あの……えっと……。今日はやめておかない? 何だか……嫌な予感がして……」
「え? 気分でも悪いの?」
 孝宏君は心配そうだ。
「ううん、そういうわけじゃないんだけど。理由は分からないけど……今日はもう家にいたくて」
「そっか……。気乗りがしないのなら、仕方ないよね」
 心からしょげ返っている様子の孝宏君。
 慌てて私が言う。
「気乗りがしないっていうわけじゃないの! ロマンチックな伝説だと思うし。だけど……雨も降りそうだから……」
「じゃあ、あそこをサッと通るだけならいいでしょ。そのとき、伝説どおりに僕が誓いの言葉を言うから。佐那ちゃんは何も言わずに、そのまま通ってくれてもいいし。ね、それなら、いいでしょ? 七夕は一年に一度しかないから……」
 嫌な予感はぬぐえなかったけど、そういう風に言われては、私としても断ることはできなかった。
「うん、それなら……。でも、すぐ帰ろうね」
「もちろん。それじゃ、急ごう! この空の色は、いつ一雨来てもおかしくないから」
 私たちは大急ぎで支度を済ませ、階下に降りた。



「これからちょっとまた佐那ちゃんと出かけてくるよ」
 孝宏君がリビングのおばあさんに向かって言う。
「気をつけてね。遅くならないように。ああ、天気予報によると、雨が降るかもしれないらしいよ。傘を忘れずにね」
「うん、了解! なるべく早く帰るようにするから、ご飯はいつもどおりの時間によろしく。それじゃ、いってきます」
 私も続いて「いってきます」と言う。
「はい、気をつけてね。いってらっしゃい」
 おばあさんは優しい笑顔で言ってくれる。
 そして、私たちは家を出て、一目散に恋架け橋を目指した。
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