涼子さんの恋事情
第5話

「あ、なんかお取り込み中にすいません。部長の携帯が座席に置きっぱなしだったので、急いで引き返して届けに来たところなんですけど……」
(見られた、一番見られたらいけないヤツに……)
 上手い言い訳を考えるも直前にママと呼ばれており、どうあがいても現状を打破出来そうにない。
「どうもありがとう」
 差し出される携帯電話を素直に受け取ると、達也は麻衣に向かって笑顔で挨拶をする。
「こんばんは、僕は達也。君の名前は何で言うの?」
 職場では見せない屈託のない達也の笑顔は涼子をドキリとさせる。
「こんばんは、私は小早川麻衣です」
「麻衣ちゃんか、小学生?」
「はい、今、六年生です」
「へえ~、六年生とは思えないくらいしっかりしててお姉さんだね。大きくなったらきっとママみたいに綺麗でカッコイイ女の子になるよ」
 自然な形で麻衣のみならず自分のことも褒められて、嬉しくないと言えば嘘になる。嬉しさはありながらもこれ以上麻衣に絡まれ、余計な話が出るのを防ぐためにも涼子は二人に割って入る。
「麻衣、二人で仕事の話がしたいから、ちょっとスーパーで時間潰してくれる?」
 涼子の指示により達也と二人きりになると、すぐさま達也に向って頭を下げる。
「お願い! 麻衣のことは誰にも言わないで」
「えっ? ど、どういうことですか?」
 涼子は十年前に結婚しすぐに離婚、連れ子だった麻衣を引き取った下りを手短に説明する。
「バツイチで母子家庭だなんて会社に知られたら、この業界じゃ甘く見られかねない。だから、このことは白川君の胸の中だけにしまって欲しいの」
「分かりました、絶対に他言しません」
「ありがとう」
「でも」
(コイツまさか弱みを握ったからって、何か条件付けたりしないわよね?)
「なに?」
「僕はカッコイイと思います」
 予想外のセリフを聞き、きょとんとする。
「だって血の繋がらない連れ子を引き取って、働きながら育ててなんて凄いです! 仕事も育児も完璧だなんて尊敬します!」
「あ、ありがとう……」
(料理は不得意なんだけどね……)
 内心自分でツッコミながら達也を見つめる。表情からしても、お世辞でも思いつきでもない雰囲気が出ている。
「と、とにかく麻衣のことは本当にお願いよ? 場合によっては会社に居辛くなるから」
「大丈夫です。任せて下さい!」
(コイツの大丈夫を額面通り大丈夫と思える日は来るのかしら……)
 自信満々に言い切る達也を見てかなり不安になるものの、信じるしかないのも理解している。
「あっ、こんなことしてる場合じゃないのよ。ねえ白川君、乗り掛かった船と思って警察署まで送ってくれる?」
「警察署ですか? なんでです?」
「麻衣が引ったくりに遭ってね。財布やら家の鍵を取られたのよ。早めに被害届け出したいの」
「引ったくり!? 麻衣ちゃんに怪我は?」
「大丈夫、怪我はないわ。けど麻衣から電話貰ったときは私もかなり焦った。だから嘘ついてまで早退したのよ」
「なるほど、だから車内でもあんなにイライラして焦ってたんですね」
「いや、イライラは道を知らないのに安易に運転を引き受けて、尚且つタラタラ走ってた貴方に対してだから」
「す、すいません……」
 子供のようにしょげ返る達也を見て、ちょっと笑顔が零れてしまう。
「でも本当に感謝してる。わざわざ送ってくれて、麻衣の心配もしてくれて。ありがとう」
 初めて見る涼子の笑顔に達也は呆然とする。
「白川君?」
「部長にも笑顔という表情があるんですね?」
「しばかれたいの?」
 涼子がいつもの鬼に豹変しビクッとしている。
「バカなこと言ってないで警察署までお願い。まだいろいろとやることあるんだから」
「了解しました」
 スーパー内にいる麻衣にジュースを買い与え、達也の運転で最寄りの警察署に向かう。運転中も達也と麻衣は意気投合したように会話が弾んでおり、達也の隠されたスキルに涼子も感心する。
(子守り系の業務にコイツは使えるわね。麻衣のこともあるし、辞表提出計画は白紙ね)
 無表情でディープなことを考えていると、ほどなくして警察署に到着する。署内で事情を説明していると、意外なことに当該引ったくり犯は捕まっており、麻衣のバッグ等も無傷で保管されていた。受け取りの手続きや窃盗に対する被害届けに記入していると、背後から達也と麻衣の話し声が聞こえてくる。
「達也お兄ちゃんって彼女いるの?」
「いるように見える?」
「うん見える」
「残念! 現在フリーでした」
「そうなんだ。カッコイイのに」
「ホント? じゃあ麻衣ちゃんの彼氏に立候補しようかな?」
(なんですと!?)
 急いで振り向くと麻衣は笑っている。
「ええ~、ダメだよ。私、クラスメイトの雅樹君が好きだもん」
(な、なんですと!?)
「あちゃ~、ちょっと告白が遅かったか。で、雅樹君ってどんなヤツなの?」
(いい質問! もっと聞いて!)
 二人をじっと見つめていると、受付の婦人警官が引ったくり事件について尋ねてくる。
(ああー、今一番気になるところだったのに!)
 婦人警官と笑顔で会話をしつつ、内心は娘の恋バナが聞きたくてうずうずしてしまう。結局手続きには一時間以上要し、それが終わる頃には恋バナも終了し、麻衣は達也の携帯電話でゲームをしていた。

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