涼子さんの恋事情
第9話

 雪深い越後湯沢温泉に到着すると麻衣は楽しそうにはしゃぐ。年越しは必ず旅行先でと決まっており、心地良い温泉と贅沢なお節料理で過ごす。それなりの出費とはなるが母娘水入らずで過ごせ、かつ家事の全てがサボれることによる開放感は半端ない。
 当然ながらこの正月休みで毎年英気を養っていた涼子だが、今年の正月休みはいつもと違い、心のモヤモヤ感がずっとつきまとい離れない。原因は考えるまでもなく達也による突然のハグ攻撃なわけだが、どう処理していいか分からず、あの日のことがずっと頭の中でグルグルと回っている。
 いつもと違う様子に麻衣もすぐに気付いていたが、せっかくの旅行ということで黙っている。しかし、この二日間頻繁に溜め息ばかりつく涼子を見て、麻衣は堪らず切り出す。
「ママ、ちょっといい? ママ? ママってば!?」
「えっ! ん、何?」
 コタツに入ったまま考え事をしていた涼子はハッとする。隣で見ている麻衣は呆れた表情をする。
「ママさ。昨日から何回溜め息ついてるか知ってる?」
「えっ? ママ溜め息ついてた?」
「うん、ボーっとしてたかと思うとハァーって、その繰り返し。もうね、病気だよそれ」
(そっか、端から見たらそんなに重症なんだ。ヤバイな、今はいいとしても正月開けの業務に支障をきたしかねない……)
「どうしたのママ? 何かあったの?」
「えっ、ううん。大丈夫。なんでもないから」
「絶対なんでもなくない。こんなママ今まで見たことないもん。ちゃんと言って。二人っきりの母娘でしょ?」
(麻衣ったら、私のことを気遣うまでに成長してくれて、正直嬉しい。でも小学生の娘に恋愛相談なんて出来ない。かと言って上手い嘘もつけないし……)
 涼子は少し考えてから口を開く。
「実は友達の恋愛相談にのっててね。どうアドバイスして良いのか考えてたのよ。その子、奥手だから」
「ふ~ん、恋愛相談か。でもその友達、相談する相手間違ってるよね? ママ自身が奥手どころか浮いた話もないし、私からしたら他人の恋愛相談なんて受けてる場合じゃない気がするけど」
(怖い……、的確過ぎて怖いわ。我が娘ながら凄い観察力……)
「だいたい、友達の話なんだけど~って切り出された話って本人の場合が多いし、恋愛で悩んでるのって本当はママじゃないの?」
(名探偵がこんな間近に居たなんて想定外だわ。どうしようかしら……)
 名探偵麻衣に追い詰められていたところに、メールの着信音が助け船を入れる。この着信音は麻衣だ。
「メールだ。ちょっとごめんなさい」
 内心ホッとしつつ眺めていると、麻衣はすぐにこちらを向く。
「ねえママ。もしかしてその友達って達也お兄ちゃん?」
 麻衣から繰り出される圧倒的破壊力を持った固有名詞にどぎまぎする。
(なんでこのタイミングで白川君の名前が!?)
「ち、違うわ。どうして?」
「ん、今のメール達也お兄ちゃんからなんだけど、好きな人がいるけどなかなか上手くいかないって書いてたの」
「ちょ、ちょっと待って。なんで麻衣が白川君とメールしてるの?」
「クリスマスパーティーのときアドレス交換したの。いろいろ相談にのってくれるし、面白いからよくメールしてるよ」
(私にはメールくれないのに……、って娘に嫉妬してどうする。いや、それより麻衣が私達の関係をどこまで知ってるかが重要だ)
「白川君って、麻衣にどんな恋愛相談してるの? 参考までに聞きたいんだけど」
「ええ~、それは言えないよ。コンプライアンスに反するから」
(うわぁ、私の口癖しっかり移ってるし)
「そこを何とか! ねっ、麻衣ちゃん」
「達也お兄ちゃんには絶対言わないでよ?」
「言わない言わない。で、どうなの?」
「片思いなんだけど、相手は年上で美人なんだって。二回告白したけど二回ともフラれたみたい。達也お兄ちゃんみたいにカッコよくて優しい男を振るなんてバカな女だよね」
(ごめんなさい、そのバカな女は今ここに居ます……)
「そうなんだ。ちなみに白川君ってその女性一筋だったりする? 本当は他に何人かアプローチしてる人とかいるんじゃない?」
「それはないと思う。最近職場の女の子に告白されて断ったらしいし。多分その年上の人一筋だと思う」
(振ったのって多分、真理子のことよね。そっか、振ったんだアイツ……)
 真理子の件から自分に向けられる想いの深さを感じ、涼子は少し心が落ち着く。
(おそらく麻衣へのメールは私に見られてもいい内容で送って来てると思う。むしろ、間接的に見てもらうためにメールをしていると考えた方が自然。麻衣には気付かれず、遠回しに私へのアプローチか。可愛い顔して随分な策士ね)
 達也の作戦に関心しながらも内心は少し嬉しい気持ちにもなる。
「ねえ、麻衣。白川君には何てメール返すの?」
「う~ん、この前はいきなり抱きしめてみたらってアドバイスして失敗したみたいだからちょっと悩んでるところ~」
(溜め息の原因はアンタか! ヤバイ、アドバイス内容によっては何されるか分からない)
「ちょっと麻衣、こういうのはどうかしら? 新年も開けたことだし初詣に誘い、そこで少しずつ距離を縮めるって作戦。屋台とかあってイベントや話題にも困らないし」
「なるほど。うん、じゃあそう返信する。ママからのアドバイスって言った方がいいかな?」
(いやいや、それはマズイ。自分で自分のデートプランをプロデュースしたなんて知られたら堪ったもんじゃない)
「ダメよ。上司から恋のアドバイスだなんて知ったらプライドが傷つくでしょ?」
「そうかな? まあいいや、私からってことにしとく。送信、っと」
 手早い操作でメールを作成し送信すると、ほどなくして返信がある。
「何て返信?」
「了解だって。今度初詣に誘ってみる。ママにも宜しくだってさ」
(宜しくってそれはつまりデートを宜しくってことか? 自分でプラン立てといてなんだけど、一緒に初詣なんて絶対いかないからな、白川達也め……)
 意味深な笑顔で考え込む涼子を、麻衣は怪訝な顔で見ていた。

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