涼子さんの恋事情
第10話

 温泉旅行から帰ってきた翌日、冬期休暇最後の日に涼子と麻衣と達也は三人並んで参道を歩く。前日、予想通り達也はメールで初詣デートに誘ってくるが、やんわり断りを入れる。ホッとしたのもつかの間、次は麻衣から誘いを受け仕方なく初詣に向かった矢先に達也と邂逅する。話を聞くと例の達也を振ったバカな年上女に初詣を断られ、傷心初詣も兼ねて麻衣が誘ったらしい。
(まあ、その断った本人が真横に居て、しっかり初詣デートになってるんですけどね。まさかこうなることまで予想して麻衣とメールしてたとしたら、ちょっと軽蔑するわ。私を口説くのに麻衣を使ってるってことになるし。後でちゃんと釘を刺しとかないと)
 反発心がありながらも、五日ぶりに見る達也に少しドキドキする。定型通りにお参りを済ませると、麻衣は達也の手を引きながら屋台群に突進していく。あまりの仲の良さに普段頑なな涼子も笑みが零れてしまう。
 しばらく二人を見守りながら歩いていると、前から見慣れた二人組みが現れる。麻衣のみならず達也も居たことでテンションが高くなったのか、早紀と美穂はジャンプしてはしゃいでいる。離れて見ていると、涼子の方にもやって来てちゃんと新年の挨拶を交わす。その礼儀正しさを見て、麻衣が学校でも良い環境にいることを実感してしまう。
 二人に誘われたのか麻衣は三人でもう一度お参りをして来ると言い、達也と涼子を残し境内へ走って行く。残された涼子はここぞとばかりに達也を近くのベンチに誘う。
「麻衣が帰って来るまでに手短に言うわ。麻衣を使って私を口説くのは止めて。恋愛相談もね」
 達也は何か言いたそうに一瞬口を開くが、少しためらいがちに頷く。
「分かりました。すいませんでした」
(案外素直に認めたわね)
 見つめていると達也が笑顔になる。
「今日も綺麗です。初詣一緒に来れて嬉しいです」
(コイツ、相変わらずガツガツくるな……)
 照れを隠しつつそっぽを向いて涼子は切り返す。
「麻衣の付き添いよ。貴方と来てる認識はないわ」
「だとしても、こうやって一分一秒でも貴女と居られることに意義があると思ってます」
(大袈裟なヤツ。っていうか釘刺したから話題ないわ。どうしよう……)
 頭をフル回転させ話題を探していると、旅館でのメール内容を思い出す。
「あっ、そういえば、篠原を振ったって本当?」
「本当です」
「仲良かったふうに見えたけど?」
「もちろん同僚としては悪くないですよ。でも、恋人としては別です。僕は誰かさん一筋なんで」
 恥ずかしげもなく真っ直ぐ見つめたまま言われると、とてもじゃないが涼子は目線を合わせられない。
(なんでコイツ照れもなくこんなこと言えるんだろか。ジゴロか? ホストなのか? ジローラモなのか?)
「あ、あの、一応念を押すわね。麻衣には私と貴方がこういう関係なのは言わないで。もちろん社内でも」
「分かってます」
「他人に恋愛相談するものダメ」
「分かりました」
「後は、え~っと、いきなり抱き着かない」
「それはもうしませんよ。訴えられたくないんで」
「うん、後は……」
「ちょっと、なんか制約多くないですか?」
「当然でしょ? 私には守るべき地位と娘がいるの。スキャンダルで失職とか有り得ないから」
「普通に恋愛したいだけなんですけど。部長、少し考え固くないですか?」
「嫌なら他の人と付き合えばいいでしょ?」
「ヒドイ言いようだな~。でも、いいですよ。全部受け入れますから。で、受け入れる代わりに付き合ってくれるんですよね?」
 達也のセリフに涼子は無表情で答えを表現する。
「えっ、まさか制約を設けるだけですか?」
「そうだけど何か? 貴方の方こそ見返りを求めて付き合いを切り出すなんて、少し考えが甘いんじゃないの? 告白のとき最初に言った、私を振り向かせるってセリフは嘘なのかしら? 私的には全く振り向かされる要素も言動も受けてないんだけど?」
 涼子の畳み掛けるような言葉の数々に、達也の心は折れかかっている。その様子を見て涼子はハッとし後悔する。
(しまった! 調子に乗って職場のときみたいに言い過ぎた……)
「あ、あの白川君。そうは言ったけど、想いを寄せられること自体は嫌じゃないから。本気なら時間を掛けて口説いてみて。必ずしも白川君の望む結果になるとは限らないけど」
「分かりました。でも、なんかちょっと自信無くしました。おっしゃるように、まだ二人でデートすら出来ないなんて情けないですよね。三ヶ月ちょっとじゃ、部長の良さや本音とか理解出来ないのは当然かもしれないですけど……」
 本気で落ち込んでいるのか達也の顔には余裕がない。
(ヤバイ、私が言い過ぎた! どうしよう……)
 焦っていると達也の背後から元気な三人組が襲う。子供の前では気を遣わせないためか笑顔を作る。
その強がりな横顔に涼子の胸はチクチクと刺すように疼いていた。

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