恋をしようよ、愛し合おうぜ!
「・・・で?どんな女だ」と和人(かずと)兄は言いながら、俺にボールを投げてきた。
それを俺がグローブで掴むと、パンという音が裏庭に響いた。

「派手そうで実は地味。いや、地味っつーより堅実って感じだな」と俺は答えながら、和人兄にボールを投げる。

が、サッカーよりも小さな野球のボールを投げるのは久しぶりな俺にとっては、コントロールが難しく、今度は大きく右にそれた。

「あ、やべ」と思ったのは一瞬だった。
というのも、今度も和人兄は華麗にジャンプして、ボールをキャッチしてくれたからだ。

「さすが名捕手。ナイスキャーッチ!」
「おまえ、だいぶ腕なまってんな」
「俺は兄ちゃんとは違ってサッカー少年だからよ」
「“少年”ってトシじゃねえだろ」
「40の兄ちゃんが言うと、マジ重みあるな」
「てめえ、俺に喧嘩売ってんのか?あぁ?40男をなめんなよ!」

と言う和人兄は、ごつい外見してる上、声だって迫力あるから、兄ちゃんのことを知らない人には冗談が通じない。
こんな俺たち野田兄弟のやりとりを偶然見た、(実家の)近所の女の子(現在6歳)は、兄ちゃん見て泣いたこともあったよな・・・。
「真吾兄ちゃんをいじめなるな!」って勇敢に言ってくれた男の子(当時8歳)も過去いたっけ・・・。

兄ちゃん、滅多に実家(ここ)来ねえし。
子どもは「怖い人にはついていくな」と、両親から教え込まれてるだろうし。

てか兄ちゃんは、「怖い人」を捕まえる仕事してんだけどなぁ。
人を見かけで判断しちゃ、マジいけねえってことだ。

「何笑ってんだよ」
「べつに」と言い合いしながら、兄ちゃんと俺は縁側に座った。


「腕なまってるだけじゃねえな。その女のことで頭いっぱいなんだろ」
「ちげーよ」と言った俺の声が、白々しく周囲に響く。

「で?」
「で?って?」
「おいおい、そんだけじゃねえだろ。その女のこと、もっと吐け」と言う兄ちゃんの職業丸出しな言い方に、つい笑いそうになったが、兄ちゃんのどつきは力ある分痛えから、ひとまず抑えた。

「うーん・・・。浮ついてるようでひたむき。なんでも器用にこなしてるように見えて、実は陰で努力してるタイプ」
「類友か」
「は」
「似たような者同士、惹かれあうって言うじゃんか」
「・・・あぁ」
「じゃあその彼女も、おまえ同様、嫉妬受けやすいだろうな」
「でもがっついてるって感じじゃあないんだよな。その場の状況を楽しんでるし、相手のいいところを見てるし、状況だっていいように捉えてる。だからまあ、そうだな。確かに嫉妬を受けやすいタイプだが、同時に好感持てるタイプだとも言えるんじゃねえかな」
「成程。おまえ、かなりきてんな」
「あ?」
「重症なくらい惚れてんじゃねえか。なぜ押さねえんだ?」
「そりゃあ、真(しん)ちゃんはいっつもコクられる立場でー、モテるからー、自分から押したりしないんだよねー?」と雄太兄が言いながら、俺と和人兄の間に割り込むように座ると、俺たちの肩に両手を乗せた。

「雄太、うぜえっ!手離せ!」
「あっち行け、チャラ男!」
「やーだねっ。俺も恋バナまぜてよ。てか俺一人のけ者にすんなよ!」
「・・・やっぱ雄兄うぜえ」
「何気に寂しがってんじゃねえよ。もっと俺から離れろ!」

久々に3人そろったと思ったら、またいつものやりとりしてる俺たちって・・・やっぱ兄弟だな。
と思ったら、笑いが出てきた。

「どーした真吾」
「いや・・・やっぱこんなかで一番雄兄が世渡り上手だよな」
「雄太は真ん中だしな。兄貴と弟を見てる分、こん中じゃあ一番要領がいい」
「なるほどー。で、一番上の兄ちゃんは、こん中じゃあ一番面倒見が良くて頼りがいがありー、末っ子の真ちゃんは、一番甘え上手ときたー」
「だからこいつはモテる」
「それだけがモテる理由じゃねえぞ」
「はいはい。真ちゃんは外見もいいし。ってまさかおまえ、ふられたのか!あの真ちゃんが!?いっつも女を選んでた・・・」
「うるせーよ!ふられたっつーより、手出せねえ。今はまだ」
「なんで」
「分析しろよ。兄ちゃん得意だろ」と俺は言うと、フンと鼻息を荒くついた。

そんな俺を、和人兄がニヤニヤしながら見ているのが、見なくても分かる。
これも一番上ならではの余裕か。くそっ、癪だ。

「分析は得意じゃねえよ。職業上必要なだけだが・・・組の女か」
「違う」
「確かか?もしそうなら、おまえだけじゃなくて、身内にも余波が来る可能性があるんだぞ」

プロファイラー兼刑事という兄ちゃんの職業は、敵を作りやすい上、命を張った危険な仕事だ。
そして俺たち身内にも危険が及ぶことを、兄ちゃんは一番危惧している。
だから兄ちゃんの職業は周囲に触れ回るなと言われているし、兄ちゃんも実家には滅多に顔を出さない。
そのことは、俺だって十分分かっているつもりだ。

「分かってる。マジ違うから」
「確かだな?」
「ああ」
「じゃあ後は・・・既婚者か」と兄ちゃんに図星を指された俺は、「う」と呻くことで肯定した。

「あかんっ!人妻はあかんでー!」
「なんでそこで急に関西弁になるんだよ!」
「何となくなノリ?いいじゃん」と言う雄兄を無視した俺は、「・・・別居中。だんなが別れてくれないんだとよ」とつぶやいた。

「暴力か。それともストーカー?」
「いや。どっちも違うんじゃねえかな。あいつ、逃げ回ってねえし、隠れてもいねえし。だんなとも連絡取ってるようだし」

エレベーターに乗ってたあのとき、あいつのスマホにかかってきた相手は、てっきり親からだと思っていたが・・・あのときは、あいつのことを親に反抗して勘当寸前のお嬢様だと、俺が勝手に勘違いしてたからな。
粋がって、自立しようとひたむきに頑張ってるなつきの姿見てると、つい応援したくなって、「無理すんな」とか言っちまったが・・・。
腕を掻きむしるほど拒否反応起こしてた電話の相手は、だんなだったんだ。
と思ったら、俺は腹の底から黒い喜びが湧き上がってくるのを感じてしまった。


「あんときから俺、あいつに惚れてたのかもしんねえ」と俺は言うと、顔に両手を当ててゴシゴシ洗うようにこすった。

「それでも人妻はあかんって」
「仕方ねえだろ!俺だって一昨日の夜知ったばっかなんだよ!」
「あいたたたー。まさか真ちゃん、誕生日に一線越えちゃった?」
「まだ」と俺が答えると、横の二人は明らかにホッと安堵の息を吐いた。

「・・・最初からそのこと知ってりゃ、踏み止まってたかもしんねえ。でも今となっちゃ、そんなこと分かんねえし、どうでもいい」
「404の恋だーねぇ」
「なんだ?それ」
「アクセスエラー。繋がらない恋」
「雄太ー」
「てめえ・・・なんでも仕事用語に当てはめてんじゃねえよ!」
「いてて!でも分かりやすいっしょー?」と言った雄兄の本職は、コンピュータープログラマーだ。

「あいつさ、俺が押したら結婚してると言って引いた。でもヤケ酒飲みながら酔っ払い状態で、何度も俺んとこに電話かけてきた」と俺が言うと、兄ちゃんたちはゲラゲラ笑いながら「おもしれー!」と言った。

「おまえはいちいちそれに出たのか」
「ああ。おもしれーから」

あのときのやりとりを思い出した俺は、プッとふき出した。

「あんときあいつ、中学んときいじめられたこととか、幸せの定義とか、仕事のこととか・・・だんなのこととか、とにかくいろんなことしゃべってた。呂律回ってなかったし、気づいたらもう話題変わってっから、ついていくのが大変だったが」

あのときのなつきの声を思い出した俺は、気づけば微笑んでいた。

「酔ってる時の言葉ってさ、ウソがねえ。素じゃん」
「あー、それ俺も思う」
「だからさ、なっちゃんに“野田真吾のばっきゃろー!”って言われたとき、あぁ、こいつも俺のこと好きなんだよなーって改めて思って俺・・・嬉しかった。お互い好きなのに、諦めきれねえよ」と俺は言うと、また両手で顔を覆うと、今度はうつむいた。

「もがけ若人」
「兄ちゃん、今の発言、すっげーじじくせーよ」
「あ?40男の俺から見りゃ、30代ってのはもがく時期なんだよ。もがいてなんぼ。仕事でも恋愛でも、もがく経験たくさん積めば、その分人としての深みが増す。諦めたくなきゃ、諦めなけりゃあいい。ただ恋愛ってのはよ、相手があって成り立つもんだ。それに、いくら別れたがってるとはいえ、なっちゃんはまだ人妻だってことは忘れんなよ」
「・・・ああ。俺、待つ。てか、今はそれしかできねえから」
「うわ。あのモテ男・真ちゃんが“待つ”って!マジ一途じゃん!こりゃあ、リアルな恋におちたな」
「リアルな恋におちるのに、トシは関係ねえだろ」
「あれ?今の兄ちゃんの発言は・・・」
「兄ちゃんもついに本命現れたのか!?」
「“ついに”とは何だ。俺だって真吾ほどじゃねえが、それなりにモテるし、恋愛でももがいた時期あったんだよ」

照れ隠しに食らった兄ちゃんからの鳩尾パンチはマジ痛くて、俺は「ぐを!」と叫んでしまった。

「“あった”っつーことは、出会いが“あった”、っつーことで、その彼女と本物の恋愛中ってことで、合ってる?」
「・・・まだもがいてる。俺、不器用だからな」
「今度家か実家(うち)に連れてきなよー」
「俺も兄ちゃんの彼女に会いてえ!大体、最後に兄ちゃんの彼女に会ったの、兄ちゃんが大学生の時だし」
「仕事優先させてたからな。ま、今度会わせてやる」
「うほーっ!やっぱ本命本物!」

と騒いでいると、「ケーキ食べるわよー」と母親の声が聞こえてきたので、俺たち3人はリビングへ移動した。

「あ、そういや俺、ケーキ食べようぜって言いに来たんだった」
「それ大事だろ!」
「さっさと言えや!」
「いてえ!真ちゃんまでどつくなよ!」

と言い合う俺たち兄弟は、やっぱ仲いいほうだと思うぜ。
だからよ、なっちゃんにも今度兄ちゃんたちに会わせてやる。

なつきには、俺の両親にも会ってほしいと心から思った。



「・・・いちごって、どの銘柄のが一番うまいんだろ」
「さあ。“あまおう”かしらね」
「“とよのか”っていうのも聞いたことがあるわよ」
「検索してやろうか」
「しなくていい!」

俺は「来年の1月5日、なっちゃんの誕生日は、二人で祝うことができるように」と密かに願いながら、フォークで刺したいちごを食べた。


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