不機嫌なアルバトロス

俯いていた顔を上げて、中堀さんに目をやると、私より前から、彼は私を見ていた。



その顔は、笑ってもいなくて。

だけど、怒っているわけでもなさそうで。


薄暗いせいで、しっかりと見ることも出来ない。





「ぬか喜び、させないでくださいっ」




いつの間にか頬を伝う温かいものに、自分は笑ったり泣いたり忙しい女だと、頭の隅で思った。


本当は。

最初からずっと、泣いていたんだっけ。



貴方を好きになりたくなくて。



貴方と会えなくて。



貴方に伝えたくて。



貴方が、欲しくて。




―俺の忠告は正しいよ?



警告が、鳴り響く。



けれど、長い間締め付けられた心は熱を持ち過ぎていて。



外に出たいと、言うから―




「私はっ、貴方が…」




好きなのに―




言いかけた言葉は、中堀さんの唇のせいで、音になることは叶わなかった。



浅い、口づけ。


散った、涙。



驚きの余り、目を閉じることも忘れたまま、中堀さんの綺麗な顔を見つめていた。





「言わないで」




息がかかる位の距離で。


中堀さんが、囁く。


少し、苦しそうな声で。


擦れた、声で。




「―これ」



やがて取り出された一枚の小さなカード。




「約束のメモリ。消したって言っても、信じないだろうから、あんたにあげるよ。よく、映ってたしね。」




さっきの切ない顔は、すぐに消えて、中堀さんはいつもの意地悪い笑みを溢した。




呆然としたままの私の手に、中堀さんが握らせる。




「さよなら。」




そう言って外された、シートベルト。











< 422 / 477 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop