12月の恋人たち
<12月24日 午後17時30分>

 雪でも降りそうなほどに寒い夜でも、圧倒的に彼の歌声が響くことを茉莉花(マリカ)は知っていた。

(…今日も人が多い。)

 クリスマスイブを由貴(ユウキ)と過ごしたい女の子がこれほどいるとは、と茉莉花は思う。そんなに人気のある人が彼氏であることが嬉しいというよりはむしろ、ライバルが多くて心配である気持ちの方が強いが。
 そんな茉莉花の心中を、由貴はもちろん知るはずもなく、今日も寒さに負ける気配のない歌声がただ耳に響いている。

「今日もありがとうございましたー!みんな、素敵なクリスマスを!」

 声が止まったと思ったら、真っ直ぐに自分の方に向かってくる由貴に目が泳ぐ。

「茉莉花、行くぞ。」
「えっ?ど、どこに?」
「誰もいないところ。」

 そっと甘い声でそう囁かれれば、そしていつものごとく強い腕で引っ張られれば、もうそこには自由しかない。暗い路地裏で二人きりになる。地べたに座り、ポンポンとその隣を叩けば、それは『こっちにこい』の合図。茉莉花はその合図が嬉しくて、思わず微笑んだ。

「え、なに?」
「嬉しくて、つい。」
「…なにが?」
「こっちにこいってしてもらえるのが。」
「いつからそんなに素直になったわけ?」
「きゃっ…!」

 ぐいっと引き寄せられて、抱きしめられる。抱きしめられるのは初めてではないのに、高鳴る胸は初めてそうされたときとあまり変わらない。この腕の中でだけは自由を感じることができるし、この腕の中でだけは無条件に安心できる。

「あんまり可愛いことしてると、…我慢できなくなるけど?」

 歌声とはまた違う、甘く響く声に背筋がぞくぞくする。背中に回った腕は、弱まることを知らない。
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