いろはにほへと
ゐつか

タタン…タタン…タタン



最初の内は気になったものの、今ではすっかり耳に馴染んだ音は、私の中でBGMのように定着している。

いつもと違うのは、電車の方角が反対だということと景色が真っ暗だということ。



「今日白河めちゃめちゃ機嫌悪くなかった?」


吊革につかまり、貼られている広告にぼんやりと目を向けつつ、隣で同じようにしている澤田の話に相槌を打つ。


「ありゃ、男ともめたね。」


地下鉄の窓硝子には、中の人達が反射して鏡のように映っている。


「あっ…男じゃないよ、きっと母親ともめたのよ。いつまで家にいるつもり?って…駄目だ、どうしても男に結び付いちゃう。中条さんには今はまだ平安な気持ちでいて欲しいのに。」



左隣の澤田と比べると、自分の姿のなんと冴えないことか。見ていて悲しくなってくる。


「ていうか、中条さん聞いてる?」



ー夢みたいだったなぁ。


何も持っていない今の自分の右側に、初めての撮影の日の、魔法をかけられたような自分の姿が並んだ。


例えば今の自分では駄目でも。

あの時の自分は少しでもトモハルに近付けていたんだろうか。

それともやっぱり、ただの、高校生だったのだろうか。
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