明日の地図の描き方
再出発
「じゃあ下りましょうか」
果てしなく下に続く階段。上った限りは、下りなきゃ…ね。
小野山さん、先に二、三段下りて行く。
(行きもそうだったけど、帰りも体力あるな…この人…)
こっちは大泣きした後で、なんか少しグッタリしてるってーのにさ…。

ノロノロ。ゆっくり下り始める。瞼が腫れぼったいせい?見にくいなぁ…。
「前島さん、腕貸しますから、組んでいいですよ」
左肘折り曲げて、右側に立ってくれる。私のおぼつかない足取り、心配してくれた?
「お…恐れ入ります…」
手繋ぐのは子供みたいだから恥ずかしくないけど、腕を組むのは、ちょっと勇気いるなぁ…。
おずおずと腕に手を引っ掛けて下りる。
トン…トン…と、同じリズムで。
小野山さん、私に合わせて、かなりスローな感じで下りてくれてるみたいだ。
「…今日は、前島さんから誘ってもらって助かりました」
前を向いたまま、話し始めた小野山さんの顔をちらりと見た。
「前に会った時、とても辛そうにしてたので、次の約束もしづらくて。一週間前に会った時も、泣きそうな顔してたし、少し迷ってたんです。会ってもいいのかどうか…」
目線は階段見下ろしてる。
(私、そんなに冴えない表情してたんだ…)
「僕は上手く言えませんけど、仕事してた頃の前島さんは、ご自分がどんなに無理してたと言われても、やはり輝いてたと思います」
(そんな…照れるような事言われても…)
返事のしようがなくて、黙って聞いてた。
「あのお婆ちゃんと話してた時の前島さん、カッコ良かったですよ。プロなんだなって、感心しました」
「はは…」
プロですか…あんな作り笑顔が…。
「あれは警官には出来ません。相手の機嫌に、柔軟に合わせるってワザ」
「ワザ…?」
面白い事言うな。この人…。
「ええ。なんか見てて、さすがと言うか、惚れ惚れすると言うか…。でも、あんな笑顔の裏で、いろいろ複雑な思い抱えてるなんて、そんなの一切、見せもしないで。大したもんですね」
褒められてるのよね…これってきっと…。
「でも、僕の前ではプロでなくていいですから」
「えっ?」
小野山さんの歩みが止まったから、こっちも下りるのやめた。
「僕はお年寄りじゃないし、気を遣われてまで会いたくもないですから」
「そ、そうですよね…」
当たり前よね。気を遣ってまで、会いたくないもんね、こっちも。
「でも、今日みたいに前島さんが気を遣わずに済むのなら、また会ってもいいなって気がします」
「はっ⁈ 」
会いたくないとか会いたいとか、何が言いたいの、この人…。
「どうですか?真剣に付き合ってみませんか?」
「…誰と?」
「僕と」
この実直そうなポリスマンと…?
(んっ⁉︎ )
「わ…私が⁉︎」
じゃない、私しかいないじゃん!今ここに。
ドキドキドキ……急に心臓走り出した。
「な…なな、何故⁉︎ 」
展開に頭ついていかない。ついさっきまで、そんな話してなかったのに。
「前島さんが気に入ったから」
ポリスに気に入られた…?いやいや、小野山さんという男性に気に入られた…?
(それって、喜ぶべき…よね?)
「駄目ですか…?」
イライラしてる?私の返事、待ってる…?
「い…」
ピクッ!
小野山さんの眉上がった。
「いいです…。お付き合いします…」
恐そうな顔が緩んだ。きっと緊張してたんだ。
「良かった…」
笑った顔可愛い。子供みたい。
「何ですか?」
ニヤついてたせい?覗くようにして聞かれた。
「いえ、あの、可愛い顔してるな…って、思っただけです」
「可愛い?そんな年じゃないですよ。僕」
知ってますよ。三十五歳だって。
「失礼しました。素敵な笑顔です」
気を遣うなって言ってた割に、気遣わされた。でも、これほぼ本音。
「小野山さんみたいな頼れる大人に会えて、私、嬉しいです」
トン…トン…と階段下り始める。
“お試し”でお見合いして、ホントに良かった。だって彼氏できたもん。
さっきまであんなに重かった足取り、軽く感じる。それはきっと、この腕があるから…。

お金なし、仕事なし、彼氏なしから一つ脱出。
仕事はまだまだこれからだけど、取り敢えず、気持ち癒す存在できた。
それだけでホント、力になる。
ありがとう、小野山さん…
私を泣かせてくれてーーー
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