明日の地図の描き方
明日の地図の描き方
『土曜日、午後二時。初めて会った時と同じ場所で待ち合わそう』
前日の夜、トオル君から入ったメール。
あの冬山登山からこっち、なんと三週間ぶりのデート。月も変わって、二月だよ、二月!
「寒っ…」
降り出しそうな天気。雪ならいいけど、雨はイヤだな…。
「はぁっ…」
手袋に息吹きかける。指先冷たすぎて感覚ない。トオル君、早く来ないかな…。
駅前の時計、午後二時を過ぎた。
(もしやまた人探しか犬探ししてるとか…?)
人がいいトオル君、すぐに正義感出すもんなぁ…。
「はぁっ…」
手の平に息吹きかけながら、じっと足元見る。こげ茶色の自分のブーツの向かい側から、走って来る黒のスニーカー。
「ごめん!お待たせ!」
顔上げると、息切らしてるのが見える。額に汗して、顔も赤い。
「また家から走って来たの?」
これ何回目?トオル君、遠出の時以外、大抵走って来るよね。
「今日は違うよ。列車使ったら早く着き過ぎて、退屈だったから近くの公園までジョギングしてたんだ」
ざっと十分程…って、それで待たされちゃ堪んないよ。
「呆れた…」
またお巡りさんしてるのかと思ったけど、今日はそうじゃなかったんだ。
久しぶりに見るお互いの顔。初対面の時とは印象違うでしょ?
「あれ?今日もしかしてスッピン?」
「ブブーッ!」
ハズレ。なんでそうなる。
「ちゃんとメイクしてるよ。薄いけど」
アイラインもマスカラもしてないだけ。久しぶりの…と言うか、この最近ずっとこうなの。
「変?」
スッピンに近いから、少し間抜けに見えるかもね。
「いや、いいよ。その方がミオらしい」
あはは。それ、『ほのぼの園』でも言われたわ…。

先週、久しぶりにナチュラルメイクで仕事行ったら、職員からも利用者さんからも驚かれた。
「へぇー…前島さん、アイメイクしないと随分幼く見えますね」
「その方が可愛いですよ」
「うん、ミオちゃんらしい」
コーモン様、今や私をちゃん付けですよ。
「そうですか?じゃあ暫くこのままでいようかな」
丁度マスカラも切れたから都合いいや…ってんで、今日に至る。せめてラインくらい引こうかな…と思ったけど、今日は飾らない自分でいたかった。
(初対面の日、相当気合い入ったメイクしてたもんな、私…)
見つめる顔にスマイル。トオル君もあの時より表情が柔らかいね。
「待たせたから、何か体の温まる物でも飲もうか」
手握った瞬間、冷えてるのに気づいたらしい。
駅前と言えばファストフード…じゃなくて、今日はちゃんと喫茶店に入ったよ。
中に入って、お揃いの手袋外す。嬉しいな、ちゃんと使っててくれて。
あったかいミルクティー運ばれてきて、取りあえず一口飲む。それから謝った。
「ごめんね。この前私、またバカとか言って…」
三週間前のこと、ちゃんと顔見て謝ろうと決めてた。
「全然気にしてないよ。悪態つかれるの慣れてるし」
気の毒な仕事だな、警察官って。やわな精神じゃやれないよね。
「それにあの時は、ミオが怒るのも無理なかったし…」
まぁね、女性からのプロポーズ、何の説明もなしに断ったんだもんね。
(今日はその理由も、説明してくれるのかな…)
ミルクティーのカップ持ったまま、ちらっとトオル君見る。久しぶりに会って思ったけど、ポリスやってるせいか、やっぱり表情厳しい感じ。
「何⁉︎ 」
視線に気づいた。笑うと可愛いんだけどな…。
「ううん。気にしてないなら良かった…って思ったの」
「うん…」
トオル君、コーヒーカップ置いた。雰囲気なんだか暗い。気のせいかな…。
「あのさ、この前電話で話したろ。親父のこと」
「うん…」
「うちの親父…僕が中二の時に死んだんだよ。殉職って形で…」
職務中に命を落とすこと…警察官に限らず、消防士にもある。
「発泡事件が続いてた頃で、運悪く、流れ弾に当たったんだ」
機動隊員として、任務に就いてた際に起こった不運な事故。トオル君、切なそうに言った。
「ほぼ即死でさ…親父の最後の言葉、何も聞けなくて…」
辛い思い出。聞いてるこっちの方が胸が痛い。
「親父が死んで、誰にも自分と同じ思いをさせたくないって思った。だから警察官になって、地域住民の安全と平和を守るって決めた」
強い志…そんな事があったからだったんだ。
「本当は機動隊員になって、危険な場所へ赴く任務に着きたかったんだけど…」
ちらっとこっちを見る。ドキッとする私に笑いかけて続けた。
「お袋に止められた。息子まで失いたくないって…」
事件や大きな災害の時に率先して現場へ駆け付け、警備する機動隊は、トオル君の憧れだったんだけど、一番大事な人を失ったお母さんにしてみたら、とても賛成できる事ではなかったらしい。
「だからと言って、交番勤務が安全な訳じゃないんだよ…」
諦めたように話すトオル君見つめながら、それでもありがたいな…って思う。
だって、お母さんが賛成してたら、トオル君とは会えなかったもん。
「親父のことがあったから、結婚は考えた事なかった。いつ死ぬか分からない仕事に、誰も巻き込みたくなかったし…」
お見合いした時も、本気で結婚しようとは考えてなかったらしく、だから選び方もテキトーだったんだって。
「この前、ミオのお父さんと会った時…」
ドキッ…
「娘を一人にしないで欲しいと言われた。強く見えるけど、心優しくて弱い子だからって…」
(お父さん…なんてこと言うのよ…)
背中に冷や汗。トオル君、困った顔した。
「ちょっと考えさせられた。このまま付き合っていいのかどうか」
百パーセント一人にしない保証なんて、警察官にはないからね…って。
「でも、私は…」
「ストップ!まだ聞いて」
手で停止された。私は暴走車じゃないのに。
「ミオのお父さんの心配もごもっともなんだよ。わざわざ危険な仕事する男と、普通は一緒にさせたくないよ…」
トオル君、あまりに理解良すぎる。これじゃー私の気持ちはどうなるの⁉︎ 言い方間違えたとは言え、プロポーズまでした私の思いはムダじゃない⁉︎
(短気は損気…ミオ、抑えて抑えて…)
「この間のミオのプロポーズ、勇ましかった」
真面目な表情が一転、トオル君、急に笑い出した。
「女性からされるの想定外だったから、ちょっと面食らった」
「えっ…あ、あれは、その…」
恥ずかしくなる。言い方間違えただけなのに…。
「でも嬉しかったよ。本気で言ってくれてたみたいだったから。“お試し” じゃないんだなって思えた」
(そう!そうなのよ!ホントに!)
「すんなり答えてやれなくて悪かったと思う。けど、決めてたから…」
(…何を?)
疑問を口にできなくて、トオル君の顔見た。そしたらすっ…と手が伸びてきて、私の手を握った。
「柔らかいな…」
穏やかな表情。こんなトオル君の顔も声も、久しぶりに見る。
「気持ち良くてホッとする。あの迷子のお婆さんの気持ちが、なんとなく分かる」
「お婆さん…?」
「ほら、前にミオん家の近くで迷ってた人いたろ?」
「ああ、あのハルヨさんてお婆ちゃんのこと⁉︎ 」
自分の祖母と同じ名前だった人。覚えてる覚えてる。
「あのお婆ちゃん、ミオが手を取った時、すごく安心したように笑った。すごいな、本当にプロだな…って感心させられたんだけど、この手がそうさせたんだな…」
両手で包んでくれる。あったかい大きな手。安心させられるのは、いつも、私の方なのに。
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