明日の地図の描き方
挫折
仕事辞めて、気づくと二ヶ月経ってた。
時間経つのって、ホント早い。仕事しててもしてなくても、時の流れる速さは変わらないんだ…。

「ミオ、あんた仕事探してんの?」
今朝、母親に言われた。
仕事なし、お金なし、家族なし…なんて、よしてよね…って。

(…だよね。そんなの、親でなくても私でも嫌だもん…)

仕事辞めてから、今までやったことない事しようって決めて、いろいろ“お試し”してきたけど、そろそろネタ切れ。
(次何しようかな…そろそろ再就職先、探す方がいいかな…)
この年で引きこもりだのニートだの…は、ちょっと情けないからね。
貯金はあるけど、将来の為にキープしておかないと困るし…って…
(将来か…)
そんなもの、来るのかな、私に……。

気分暗くなってきてる。
最初の頃、かなり飛ばしていろいろやったから、反動出て来た感じかな…と言うより、少しお疲れ?
のんびりしようと思っても、何故かできない。貧乏性な私…。
今日も朝から、部屋の片付け…と言うか、模様替えしてるしな。

部屋の模様替え始めた理由?
“仕事のこと忘れたい”
十二年分の資料や関係書物、目に入れたくない。
何も考えずに済むように、思い出さなくて済むように。とにかく見えない所にしまい込みたい。
ホントは全部捨てたいけど、ずっと先の事を考えると、そうもいかないから……。


「笑えなくなったんです…仕事場で……」
あの落下アトラクションの後、実際にダウンしたのは私の方だった。
膝抱えて俯いてる。顔を上げると、目眩して吐きそうだった。
それでつい、ポロッ…と口から出た言葉。
きっと急降下する時、思いっきり大きな声で叫んだから、血の気と一緒に肩の力まで抜けたんだ…。
「いつもいつも人の顔見て、相手が安心できるように、笑顔で、元気でいられるように…って、朝も昼も夜中もずっと考えきたから…すごく感情コントロールして、無理してきたから…」
仕事辞める時ですら、誰にも言えなかった弱音。こんな時に吐くなんて、どうかしてた…。
笑ってその日も別れようと思ってたのに、こんな話してしまったからだね。
心から笑えなかった…。
「ありがとうございました」
結局、最後まで小野山さんの顔、見れずじまい。次にいつ会いましょうか…って、そんな会話もしなかったね…。

(…まっ、いいか。どうせ“お試し” のお見合いで知り会っただけの人だし…)
研修資料の山、ドサッと除けて溜め息。これまで一体、何度行かされたっけ。研修という名の、難しいお勉強。
プロになる為の訓練…と言うか、修行…だよね。
得るもの少なくて、得ても活かしきれなくて、そのうち風化する…。情熱や根性だけでは、やり続けられない。
自分一人だけの事じゃない。チーム全体で動くから…。
「もっとしっかり!頑張って!貴女ならできる!みんなを引っ張って!」
言葉を浴びせられる度に気持ちが萎えた。今が精一杯なのに、これ以上、どうやれと言うのか分からず…。

辛かった…。
経験年数が増えて、上に立たされて、それをずっと、続けていくのが………。
「はぁ〜…」
今解放されて、肩の力抜けてホッとしてる筈なのに、何故こんなに気持ち重いんだろ…。

また笑えなくなってる。やばいな…。
(やっぱり疲れてるのかな…)
片付け中断。
「休憩しよ…」
ゴロン。
ベッドに横になる。はぁ〜…やれやれ。これじゃお年寄りの生活だ。情けない。
開け放した窓から見える空青い。今日は快晴。
気持ちのいい風も吹いてきて、ある意味、天国みたいなのに心は晴れない。
十二年分の書物と資料の山が迫って来て、返って息苦しいくらいだ…。

あのアトラクションが落ちる瞬間、フワッ…と身体が一瞬浮いた。すごく足元が軽くなって、心がぱぁっ…と解放された気がしたのに。
落ちてる間、ずっと底のない穴に沈むような恐怖を感じた。
重圧…挫折…
いろんなことに、耐えられなかった、弱い自分…。
何故、そんな事になってしまったのか、原因を考えるのも嫌だった…。
とにかく全てをリセットして、やり直したかった。
(はずなのに…)

十二年分の書物や資料を外した本棚。ガランとして何もない。
まるで自分の心の中みたい。仕事だけが全てだったみたいに、大きく空いてる。
この空間に、これから私、一体何を詰めていくつもりなんだろう。
先のことなんて、ちっとも考えてもいないのに…。

(どうしようかな…これから…)
お先真っ暗…ではないけど、途方に暮れる。趣味も特技も仕事も恋人も…私には何もない。
あるとしたら…
(十二年分の仕事の経験と知識だけ…)
つまらない人生だとは思いたくないけど、それしかないなんて。
(どれだけ単調な生活送ってきたんだろ。私って…)

「よいしょっ!」
起き上がって片付け再開。
つべこべ考えてないで、身体動かそう。考え過ぎの悪い癖やめて、まずは身辺整理しなきゃ!

…一時間後、本棚スッキリ!
押し入れの隅にしまい込まれた私の過去。
まるで、石みたいに重く、引っ掛かってるけど…
「でもとりあえず、今はいいや!」
気持ちも少しは軽くなったし、出かけよう!
“お試し”のネタ探し。家の中にいたって、何も見つからないから。

「行って来まーす」
何処へともなく、玄関のドア開ける。
三十三年間、見慣れた庭の先に、不似合いなポリスの制服。
(うーん…家の前で警官と遭遇か…。あまりいい気分じゃないな…)
出かけるのよそうかと思ってると、そのポリスマン、目線の先に向かって声かけた。
「家はこの辺りなんですか?」
(ん…?)
ちらっと見えるグレーヘア。お年寄りと一緒らしい。
「…うーん…なんだかおかしいね〜、もっと坂を上った所だったかね〜、下るんだったかね〜?」
(道に迷ってる?この辺の人?)
「住所は覚えてないですか?名前でもいいですけど」
「なんとか二丁目…って言ったかね〜、名前は佐々木って言うんだけど…」
「佐々木さん?それは誰の名前ですか?」
「私の親元。実家に決まってるでしょ。どう行くんだったかね〜」
(親元…って、実家探して迷ってる?この人ってまさか…)

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