Again
「私だって服が皺になるのは嫌よ。だから脱いだの、裸じゃないんだからいいじゃない。あなただって見慣れているでしょ?この姿……それに、私だけソファに眠れって言うの? 風邪をひいちゃうじゃない」

「桃香!」





埒が明かない口論を繰り返していると、部屋のチャイムが鳴った。

仁は、ドアに向かう。ドアを強く引き寄せ開ける。





「悪いな、潤」

「どうした、葵ちゃんは?」

「それが……」





リビングに進むと、桃香がおり、ガウン姿で袷からは下着が少し見えていた。





「お、おい、仁。どうなっているんだ? 桃香がいるぞ」

「潤。聞いてよ、仁が私を責めるのよ」





仁は元いたソファに座り、また頭を抱えた。





「状況が良くわからん。順を追って説明してくれないか?」





桃香はモデルをしている。仁とは姉の綾の紹介で知り合い、一年程付き合ったが、それも二年程まえに関係を解消していた。



別れたあとは、連絡も取り合っておらず、偶然にもここパリでばったりと再会したのだった。

仁は、予定していた仕事が早く終わり、葵へのプレゼントを買っていた。



仁のそんな姿を初めて見た桃香は、一緒に買い物をしてアドバイスもした。そのお礼を兼ねて、仁は食事に誘ったのだった。





「それで、そのまま部屋に入って、飲んでいたのか。仁、お前自分で酒に弱いのを知っていただろう? 桃香に礼なんて、メシじゃなくても良かっただろうが。 なんでそんな軽率な事をしたんだ?」





潤は、仁の隣に座り、経過の説明を聞いていた。





「私が悪いんじゃないでしょう? 勧めても断ればよかったんだから」

「まあ、それはそうだ。だからって、お前も一緒のベッドに寝ることはなかったんじゃないのか? 桃香」

「え? まあね。ちょっと困らせたかっただけなのよ。余りにも奥さんの事を話すから、妬いちゃったのよ。でも熟睡しちゃったのは誤算だったわ。あ、でも勘違いしないでね。仁には恋愛感情はないから」





手をひらひらと振り、否定をする。





「桃香、お前のその悪戯心がこんな事を引き起こしたんだぞ!」





仁は、ふてぶてしい態度の桃香に怒鳴りつけた。





「ほら、潤。見てよ! この態度、人のせいにして」





綺麗にネイルをしている指を仁に向け、潤に言いつける。





「冷静な目でみれば、仁、お前が悪い。百歩譲って食事まではいいとしよう。部屋に連れ込んで、弱いと分かっている酒を飲む。そしてこれからが問題だ。葵ちゃんは何処に行った?」

「見当がつかない……」





従弟であり秘書でもある潤に言われてしまえば、仁は認めざるを得なかった。すっかり意気消沈してしまった仁に、潤は秘書の本領発揮とばかりに考え着く限りの行動を起こし始めた。



まず、通じないと分かってはいたが、葵の携帯に電話を掛けてみる。それも、電源を切っており、連絡を取ることは不可能だった。次にフロントへ電話をして、この部屋のキーを渡した女性が、出て行くのを見たかどうかの確認をする。





「何だって?」





仁はすっかり潤頼りになって、グループを引っ張っている気迫は感じられない。





「葵ちゃんが着いたときにフロントまで案内したベルボーイが、出て行くのを見てる。何か急いでいる感じだったって。そのままタクシーに乗り込んだそうだ」

「……そうか」

「お前に許されている時間はあと二日しかない。あとは絶対に外せない会議がある。どうするつもりだ?」

「潤。私は帰るわよ。仁に話してあるけれど、今パリでデザインの勉強をしているの。ここの住所に住んでいるから何かあったら連絡して」





桃香は、いつのまにか支度を済ませ、帰る用意をしていた。





「桃香、気を付けてな」





桃香からメモを受け取り、気遣う。





「仁、じゃあ奥さんと仲良くね。じゃあねえ」

「桃香!」

「仁!」





桃香のからかいに仁の逆鱗に触れ、立ち上がった仁を潤が制した。





「早く帰れ、桃香」

「はーい」





スキップでもしそうな軽やかさで、事の重大さをまったく無視した桃香は、颯爽と帰って行った。





「お前が一番悪い。葵ちゃんが来るのを分かっていたし、フライト時間も知っていた」

「分かってる。初めてのパリで葵は不安だろう。どうしたらいい、潤。もう駄目かもしれない」





桃香が帰った後、仁は潤に弱音を吐いた。ソファにゴロンと横になり、目を腕で隠す。





「知らねえよ、全く……明日からは、手分けしてベタな観光場所を探すしか手はないだろう。それでも見つからなければ、パリを発つ日に空港で探すしかない」

「今、この時、葵はどうしてる。初めてのパリで、しかも夜だ。落ち着いてなどいられない!」

「一人で野宿を選択するバカはいない。ホテルを知っている葵ちゃんのことだ、宿を探して宿泊しているに違いない。そこは大丈夫だろう、まずは落ち着け。いい考えも浮かばなくなる」





潤の言葉に、仁は何度も頷いた。

それから、二人は考えつく限りの予測を立てたが、葵の事をよく知らない二人ではどうすることもできなかった。



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