Again
仁のショックは相当なものであった。テーブルに置かれた指輪と離婚届けを茫然として見ていた。



このままではいけないと思ってはいるが、立ちつくしているだけで、電話を掛けることも、一歩足を踏み出すことも出来なかった。



自分の立場は分かっている。私生活を表に出すことはしてはいけない。相談できるのは秘書であり、いとこでもある潤だけだ。





「これがあった」





出勤した仁は、デスクの上に離婚届を置いた。

潤はそれを手に取って、目を大きく見開き、驚く。





「おい……これって」

「離婚届だ」

「ああ……」





副社長室の大きな窓の前に立ち、外を見る。潤は仁の前に回り込んで、離婚届を目の前に見せる。





「ああって、これが何だかわかるよな。離婚届だぞ」

「分かってるよ!! 修復したいと思っているのは誰よりも俺だ! だがな、すべてを拒絶された今、どうしろっていうんだ!」





やり場のない怒りが、潤に向かってしまった。潤は仁の痛みが分かっている。静かにそれを受け止める。





「俺が仕事に行っている時間に家に戻って荷物を運び出していたのは、なんとなく分かっていた。結婚する時に家具は全部揃えたから表立った変化はなかったが、衣類や本が無くなっていた。最後の日だったんだろう、テーブルに指輪とこれが置いてあった」

「家の変化が分かっていてなぜ話し合いをしない? 早く、手を打てば良かったのに」

「俺は帰るのが楽しみだった。今日はどんなご飯を作ってくれているのだろうかと思う毎日だった。だが、強引な結婚をしてしまった後悔が襲った。毎日、俺に尽くしてくれる葵に、後ろめたさがあった。葵が俺に対して愛情が出てくるまで無理はせずに、ゆっくりと進んで行けばいいと思っていた」

「見合いの段階から失敗してるんだよ。仕事は段取りよく進めるお前が、とんだ失敗をしたもんだ」

「話せばわかる。そう思って全てを後回しにしていた。でも、そんな簡単なことじゃなかったんだな」

「それは、こうなる前に起こす行動だ。すでに遅い」





呆れた顔で潤は言った。



見合いの段階から失敗をしている。それが仁の胸を貫いた。確かに、裏から手を回した。仁は自信がなかった。容姿や社会的地位に恵まれていても、それだけでは葵は振り向いてくれない。何があるだろう、葵に好かれる自分になるにはどうしたらいいのだろうと考える毎日だった。



毎日、家に帰るのが楽しみだった。葵が作る食事が嬉しく接待は昼に変更していた。葵の顔を見られる幸せ。素直に表現できなかった自分がいけないのだ。





「お前は、葵ちゃんをどんな扱いをしていたんだ? 妻として見ていたのか? どうなんだ?」

「もちろん妻だ」

「夫婦のことだ、プライベートだし聞かないでいようと思ったが、こんなの夫婦じゃないと思えるよ」





仁は、デスクにあるコーヒーカップを持つと、潤の座っているソファの向かいに座った。





「会話はなかったな……」

「お前ばかじゃないのか? 会話が無くなったらおしまい。会話がなくても通じるのは、深い愛情があるから。そのどちらかだけだ。デートだって、女と他愛ない話をして、お互いを知って行くんだ。救いようのないバカだな」





潤は専務室を後にした。

残された仁は、ただ一点を見つめるばかりだった。

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