読書女子は素直になれない
第12話

 二週間後、普段の休日は自宅でのんびり読書をするのが通例となっていたが、翼との交流が始まってからはよく本屋巡りをするようになっていた。彼氏彼女という関係ではないものの、側にいて大事にされ優しくされていると心動かされる部分もあり、このまま流れに任せてしまうのも有りなのかもと思う。
 そう思う中でも蓮の存在は心の中にあり忘れることなどできない。エレベーターでの件以降、蓮が視線を送ることもなくなり、完全に切れてしまったのだと考える。それに伴い、蓮を狙っている美優の攻勢も露骨になっており、他の女性社員が引くくらいの攻めを見せていた。
 目的の古書店街に着くと見回しながら本のチェックをする。翼との関係は未だグレーゾーンで曖昧にしているが、こと本についての会話や交流は純粋に楽しい。ずっと一人でいることの多かった千晶にとって、本について話せる相手がいるということはとても嬉しく、今日の本屋巡りも密かに楽しみにしていた。
「五十嵐さん、コレ見てよ。『北斗の拳』連載中のジャンプだ。凄え~」
「この時代って黄金期って言われてて名作が多いのよね」
「今でも人気の漫画だし、やっぱり巨匠の作品は間違いない、か」
「人気作品はなるべくしてなったと私も思う。私、小説コーナー見てくる」
 コミックコーナーに翼を残し千晶は小説コーナーへと足を伸ばす。ベストセラー作品は除き、漫画よりも圧倒的に発行部数の少ない小説では、抜け巻があると探すのはかなり苦労する。ネットショッピングでも古い作品は取り扱いがなく、古書店を巡ったりしないと発見できないケースも多々ある。
 しかし、この宝探しのような感覚と、そこから生まれる意中の本との出会いは快感であり醍醐味とも言える。目当ての本やお宝本がないかざっと目を通していると、一つのタイトルが目に止まり自然と指が伸びる。その表紙を見た瞬間、十年前の記憶が甦る。
(『山月記』、あのとき公園で鷹取君から借りたままの本と同じものだ。十年前なのにこの本は全く色あせていない。きっと店の管理が良いんだろうな。変わったのは私か鷹取君か。どっちが李微なんだろ……、なんてね)
 自嘲気味に笑うと本を元の場所に戻した。

 互いに目当ての本を購入すると昼食を取るために繁華街へと足を向ける。本屋巡りからランチという流れも今では自然になっており抵抗感は最早ない。交通量の多い道路に面したファミレスを見つけると、特段の合意もなくそこへ足を向ける。のんびり話せて食事ができる場所ならばどこでも良い、という暗黙のルールみたいなものを互いに理解している結果だ。店舗への階段を上っている途中で一組のカップルとすれ違い、その二人を確認したとき千晶は目を見開く。
「中村さん! と……」
「あら、五十嵐さんじゃないの。噂の彼とデート? お互いに楽しい休日みたいね」
 ニヤニヤしながら語る美優を見て内心むかっ腹が湧く。一方、蓮の方は厳しい顔つきをしており、目を合わせられない。
「こんなところで会うなんて奇遇だな、蓮」
「そうだな。そっちはデートか?」
「見りゃわかるだろ?」
 翼の返答を聞くと不機嫌そうな顔をし、蓮は階段を降りて行く。美優は慌ててその後を追って行くが楽しそうな表情からしてデートだということは想像に難くない。
(中村さん、宣言通り鷹取君を落としたんだ。凄いな、私にはマネできない行動力だ……)
 戸惑い悲しそうな千晶の横顔を、翼は心配そうな眼差しで見つめていた。


 翌日、昼食にと出かけたサンドイッチ専門店で社内のマドンナこと雛とばったり会う。目が合うだけで自然に頬が緩み、トレイにサンドイッチを乗せると会計をさっと済ませ同じ席へと向かう。
「雛先輩、ご一緒してもいいですか?」
「勿論、願ったり叶ったり」
 笑顔で切り返され、きっと蓮との過去を聞きたいのだと推察する。雛に対しては全幅の信頼を寄せており、仮に何を聞かれても答えるつもりでいる。案の定、軽い世間話の後、身を乗り出して蓮との関係を聞いてきた。
「それで、鷹取君とはどういう関係で、なんで別れた?」
「ズバっと聞きますね。中学二年のときの彼でして、彼の転校でそのまま自然消滅でした。お互いにずっと忘れないと言って別れたんですけどね」
「ほうほう、その言い方だと千晶ちゃんはまだ好きなわけだ、そして、鷹取君は忘れてモデルと付き合ってた。千晶ちゃんはショックを受けて現在絶賛傷心中って感じか」
「相変わらず、なんでもお見通しですね」
「ただの勘よ。で、どうするの? 略奪する? それとも復讐とか考えてる?」
「いえ、あのモデルさんは鷹取君の妹さんなんで略奪とかは。私は単純に約束を忘れられていたこと、そしてその理由を言えないと断言した彼にショックを受けただけなんで。あ、でも中村さんと昨日デートしてたみたいですし、もう済んだ恋だと思ってます」
 昨日のシーンが頭をよぎり、顔色が変わる千晶を雛は察する。
「そうか、微妙な失恋関係って感じだね。理由を言えない、か。そしてあの美優ちゃんとデート。そうだね、う~ん……」
 そう言って腕組みをする雛に千晶は訝しながら訊ねる。
「どうかしましたか?」
「いやね、たぶんだけど、鷹取君って良いヤツじゃない?」
「ええ、小学校時代イジメられていた私を助けてくれたのが鷹取君でした。先日も事故に遭った中村さんにいち早く駆け付け救護したのも彼でしたし」
「あらまあ、やっぱり。じゃああれだわ、鷹取君、千晶ちゃんもことまだ一途に想ってるわ。良かったわね~」
 ニヤニヤしながら語る雛を見て千晶は戸惑う。
「あの、雛先輩が何を言っているのか理解できないんですが?」
「いや、言ったまんまよ。貴女達両想い」
「その理由、根拠ですよ」
「ああ、理由ね。約束を忘れたわけじゃないのよ。正確に言うと、約束を果たせなくなった理由が、千晶ちゃんを傷つけることに起因している。または、鷹取君の心の傷とかに深く関わることだから言えない、この二択。どちらにしても、理由を知った千晶ちゃんも悲しく傷つく恐れがある、だから言いたくないのではなく、言えないが正しい。勿論、勘だけどね」
 カフェオレを飲みながら雛は肩をすくめて見せるが、その意見や勘の鋭さは身に沁みて理解しており心がざわつく。
「でも、昨日中村さんとデートしてました」
「デートって、鷹取君本人がそう言った?」
「いえ、中村さんの言動と雰囲気で」
「それじゃあデートかどうかなんて分からないわ。美優ちゃんて自分の目的のためなら平気で嘘つきそうだし、言動なんてあてにならない」
 美優の性格を熟知しているのか、その言葉に納得してしまう。
「千晶ちゃんさ、思い込み激しいところあるでしょ? その場の状況だけを見て判断しちゃうっていうのかな。基本それでもいいんだけど、本質がそこに無い場合だってあるのよ。特に男ってバカだから、思ってもないこと、自分の感情とは正反対のこととかやっちゃうの。好きな子に意地悪するのがいい例。大人になっても子供みたいなところがあるし、不器用なまま大きくなってる人もたくさんいる。これはまたまた勘だけどさ、千晶ちゃんと鷹取君、十年ぶりに会ってから以降ちゃんと向き合って話してないでしょ? 冷静になって、感情的にならず話してみたら? きっといい方向に向かうと思うよ」
 自身の欠点を指摘し適切なアドバイスまでくれた雛に畏敬の念を覚えるとともに、もしかしたら蓮と両想いかもしれないという考えがもたげ、冷めかけていた心にほんのりと温かみを感じていた。

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