読書女子は素直になれない
第15話

 救急車が到着するまで蓮はずっと側で抱きしめ、その守るという姿勢はさながら騎士のようにも見えた。病院に搬送されることはなく、会社の医務室で治療を受けた千晶は落ち着いて眠りにつく。側で見守る蓮と雛は何も話さずじっと千晶を見つめる。医務室には千晶を含めこの三人のみで、目が覚めるまで付き添うと決めている。
 救命士の話によるとパニックと精神的なストレスが原因だと語り、安静にすれば大丈夫と言う。原因を作ったとされる歩美たちは、課長の琢磨から厳重注意され追って処分を下すと断言された。穏やかな表情で眠る千晶を見ながら雛は口を開く。
「この娘、子供の頃からイジメに遭ってたのよ。って、蓮君は知ってるわよね?」
「はい」
「この娘を救った張本人ですもんね。千晶ちゃん貴方のことまだ好きみたいよ」
 雛の言葉に蓮は沈黙で流すが、さらに言葉を重ねてくる。
「蓮君も千晶ちゃんが好き。でも、貴方には私という許婚がいる。これからどうするのかしら?」
「どうもこうも、秋月会長には拾ってもらい育ててもらった恩があります。その恩義に報いのは当然のことだと思ってます」
「お爺様の意向には逆らえない、とでも言いたげね」
「俺は、恩義に報いる。それだけです」
「頑固ね~、でも、そういうところに私や亜利紗ちゃんも惚れたんだけどね。でも、千晶ちゃんが好きっていうのなら私はいつでも身を引くわよ? ホントにいいの?」
 再び沈黙することで回答し、雛は肩をすくめ溜め息をついた――――

――薄っすらと意識が戻ると同時に聞こえてきたのは聞き慣れた蓮の声と、いつも支えてくれる雛の声だった。おぼろげに聞こえてきた許婚という単語にショックを受け、蓮の回答を聞くと再び眠りにつく。目を覚ますと蓮が穏やかな表情を向けており、嬉しくなり名前を呼ぶ。
「蓮君……」
「大丈夫か千晶」
「うん、大丈夫。良く寝たみたいだし」
 ベッドから起き上がり医務室の時計を見ると深夜零時を指している。
「大丈夫だから、もう帰って」
「いや、家まで送る」
 真剣な眼差しを見て、断ることが不可能だと察すると千晶は笑顔で承諾した。

 初めて乗る蓮の車に少々緊張するが、言われるまま助手席に座った。高級セダンということで乗り心地はかなり良く、自宅の軽自動車とは物が違うと実感する。ある程度の住所を言うとナビに任せ蓮は慣れたハンドルさばきで走らせる。公園でヒドイ別れ方をしたが、蓮は変わらず普通に接しており感情的になった自分を恥じる。
(雛先輩にも注意されたことなのにまたやってしまったんだ。つくづくダメな女だな)
 自己嫌悪になりながら外の景色を見つめていると、医務室で雛が言っていた台詞を思い出す。
「雛先輩が許婚だったのね」
 外を見ながらポツリと言う千晶を見て蓮は覚悟を決めて切り出す。
「聞いてたんだな。そうだよ、夏目雛さんが俺の許婚。この会社の会長であり俺の養父でもある秋月孝太郎(あきづきこうたろう)の孫娘だ」
「養父?」
「千晶と疎遠になった理由は、一家心中なんだ」
 そう言うと蓮は車を路肩に停める。
「親父が事業に失敗して、進むべき道がそれしか無かったらしい。今考えると馬鹿な親父だったと思う。親父と母親と弟、俺の四人は山奥で……」
 辛そうな顔をする蓮を見た瞬間、千晶はシートベルトを即座に外し真横から抱きしめる。
「もういいよ、言わないで分かったから、もういいから」
「いや、ここまで話したんだ、ちゃんと言うよ」
「蓮君……」
 目に涙を溜めながら語る蓮を優しく抱きしめ頭をさすり耳を傾ける。心中事件で一人残った蓮は、母方の遠縁にあたる秋月家で育てられることになり、そこで高校から大学院卒業まで過ごした。そこでの優秀さを買われ、孫娘の一人でもある雛と巡りあった。スマートフォンでみた写真は秋月家の家族であり、亜利紗も血のつながりのない妹だと言う。その亜利紗も蓮に惚れたいたようで、雛とはライバルだが親戚同士で仲が良いらしい。
「この会社に入社したのも雛さんが働いているからで、本当は出版関係の仕事に就きたかったんだ。でも、命の恩人で育ててくれた秋月家の人には頭が上がらないし恩義も感じてる。だから俺は雛さんと結婚しなければならないんだ。でも、心の奥底で想っていたのは、千晶、君だけだ。それだけは信じてほしい」
「うん、信じるよ。全て信じる、だって蓮君はいつも私のことを考えてくれてたもの」
「千晶……」
「蓮君……」
 抱きしめ合うと蓮は今まで以上に激しく抱きしめ唇を奪う。千晶もそれに応えるかのように振る舞い蓮を求める。長く濃いキスの後、自宅まで送ると言った蓮の唇に指で蓋をし、今日はずっと二人で居たいと真剣な目で迫っていた。

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